離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~
「──仕事を、ですか?」
「もう辞めても構わないだろう?」
永嗣さんはベッドの上、甘く気怠い情事の残滓に微睡む私の髪を撫でながら言う。
「でも……」
「就職活動なら、辞めてから始めればいい。お義母さんの食堂の資金繰りが気になるのならば、俺が出しても構わない」
「──っ、そこまでしていただく訳にはっ」
私は半分眠りかけていた意識をはっきりさせ、半ば叫ぶように言う。永嗣さんは目を細め、じっと探るような目線で続けた。
「迷っていたんだ」
「……え?」
永嗣さんが唐突に話すから、私は目を瞠り彼を見つめ返した。
「交番にいたとき。このままこの仕事を続けるか、辞めるか」
「そ、うだったんですか?」
「風香も変だと思っていたと思うけれど──ものすごく下衆な言い方をするなら、俺は多分、一生遊んで暮らせるだけの資産がある」
私はこくんと頷いた。
ずっと違和感を覚えていた。
「学生のころ、アメリカに留学していたんだ。その時知り合った友人と、IT系の会社を立ち上げた。メタバース技術の一端の開発……といっても俺は主にマネジメント業だったのだけれど」
私は目をぱちぱちと瞬く。会社?
「帰国するときに売り払った。売却先は──」
「……!!!」
私は誰もが知る世界的大企業の名前に思わず息を呑み、同時に納得した。彼がどうしてこんなに余裕のある生活をしているのか。それは彼の生まれもあったけれど、彼が築いたものだったのだ。
「帰国して、予定通りに試験を受けて入庁したけれど……悩んでいた。生来小器用だから、大抵のことは熟せる。熱意のない、嫌味な官僚になるところだった」
永嗣さんは苦笑する。
「でもきみに出会った。きみを助けられた。世界が変わった気がした──きみが俺を助けた。どうしようもなく馬鹿だった俺を」
永嗣さんは続ける。
「所轄が動かなかったと言っただろう? 変えないといけないと思った。この組織を──またきみのような被害者を出さないために、守るために」
そうして、おでこをこつん、と合わせた。
「ありがとう、風香」
そっと彼は目を閉じる。
「きみのお陰で、俺は『お巡りさん』になれた。きみに救われた。今の俺がいるのはきみがいたからだ」
だから、と永嗣さんは言う。
「恩返しさせてくれ」
私はなんて返せばいいかわからなくて、ただ彼が私を抱きしめるのに任せた。胸板に頬を寄せた。いい匂いがする。素肌が触れ合う。柔らかくてくすぐったくてあったかい。
愛おしいと、そう思う。