離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~

 その日の夕方、退勤しようと裏口から出ようとしたところに、慌てて一つ上の先輩……原さんが走ってきてくれた。


「ふーか、ふーかちゃん、やばいよ出ちゃダメ」

「? どうしたんですか?」

「あのストーカー男、また来てる! ふーかちゃん出せって!」


 原さんが私の手をぎゅっと握った。


「旦那さん迎えに来れない?」


 いきなり「結婚した」と報告したにも関わらず、みんな喜んで祝福してくれた。こうして砂田さんからも庇ってくれる……
 辞めたくないなあと思う。

 次長と支店長、それから砂田さん以外、とても恵まれた環境だ。だから悔しい。思わず唇を噛むと、窓越しに砂田さんの妙に甲高く喚く声が聞こえてきた。


「あの売女!」「弄びやがって!」「覚えていろ!」「出てこい! 風香ッ!」


 身体が震える。原さんが背中を撫でてくれた。なんとかスマホを取り出して、緑のアプリで永嗣さんにメッセージを送った。
 送信の紙飛行機マークの上で、指先がしばらく逡巡して──けれどどうしようもなく、……ううん言い訳だ、怖くて永嗣さんに会いたくて、私はそれをタップした。

 すぐに既読になる。その瞬間に、スマホの画面が着信を告げるものに変わった。


「わ、速攻。そりゃそうだよね」


 新婚だもんね〜と原さんが殊更明るく言ってくれる。私は眉を下げて通話に出た。


『すぐ行く』

「え、お仕事は!?」

『大丈夫だ』


 安全なところにいろ、と言われて通話が切れる。蒼白な顔をした係長が、裏口のほうから小さな紙袋を片手にこちらに向かってきた。


「鶴里さん……じゃない、徳重さん。ごめん、これ砂田様から渡されて。『僕の気持ちが分かってもらえるプレゼント』だそうだ」


 すっと差し出された紙袋。

 ──『僕の気持ちが分かってもらえるプレゼント』……!?

 金曜日にうちのドアノブに掛かっていたそれを連想させて、私は反射的に払い退けてしまった。肩で息をする。原さんが抱きしめてくれた。


「なに受け取ってるんですか係長っ」


 原さんの声が係長に飛ぶ。私ははっとして「すみません係長」とつぶやいた。
 ただ、……気持ち悪くて、触れそうにない。

「わ、悪い」


 そう言って係長が床に落ちた紙袋を掴む。その拍子に、その中身──小さなアクセサリーケースがころんとこぼれ落ちて来た。


「指輪かな」

「きもちわるー!」


 係長と原さんがそれぞれリアクションして、原さんがその紺色ベルベットのケースを開いた。そこにあったのは、下世話なほど大きなダイヤがついた指輪。


「……細」


 思わず、といった感じで原さんが呟く。その指輪のサイズは、明らかに4号とか、そんなもので。


「え、あいつ風香ちゃんの指これくらい細いと思ってんの」

「はは……」


 乾いた笑いが出てしまう。
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