離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~
驚いて原さんを見つめると、原さんは「不正融資受けてんのは社長の方ね」と言葉を続けた。
「風香ちゃんに付き纏ってるあのバカ息子、つまりはアホ専務、あいつは多分ああいう頭いい悪事はできない。死ぬほど口軽そうだもん」
「それくらいにしておきなさい。誰が聞いているか分からない」
係長の言葉にふたりで頷いたとき、私の手の中でスマホが震えた。『着いたぞ』っていう永嗣さんの声に目を瞬く。もう?
裏口を出ると、永嗣さんが目線を険しくしてあたりを見回していた。私と目が合うと、少し眉宇を明るくする。
「風香」
永嗣さんの優しい声に、どっと涙が零れ落ちた。背中を撫でてくれていた原さんから私の肩をそっと抱き寄せて、「なにをされた?」と低く尋ねられる。
「何もされてないだろう! 気持ちのこもったプレゼントまでされて、なんだその被害者ぶった顔は!」
背後からの声に、びくりと肩を揺らした。
振り向くと、矢田次長が明らかに苛ついた顔でさっきの紙袋を持っている。係長が困った顔をしていた。
「今から砂田鉄鋼様と会食があるから! ボクがお返しさせていただくから! 全く、なんて失礼な女なんだ……」
ブツブツと言い募る矢田次長に向かって、永嗣さんが「失礼ですが」と地を這うような声で言う。
「妻の上司の方ですか」
「えーえー、そうです……が……」
矢田次長は永嗣さんを見てハッと顔色を変えた。不思議に思って永嗣さんを見上げようとすると、ぐっと大きな手で彼の胸板に顔を押し付けられて、その表情は窺えなかった。
「どうも。いつも妻がお世話になっております。お噂はかねがね」
一音一音がかなりハッキリと発音されるような言い方で、永嗣さんが矢田次長に言う。矢田次長はモゴモゴと「ああ、いや、その、さっきのは奥様に対してじゃないんですよ、ええ」なんて言いながら足早に歩き去って行った。
「……妻がお世話になっております」
数トーン優しくなった声で、永嗣さんが原さんと係長に向けて話しかける。腕の力が緩んで、私は彼の腕から抜け出して振り向いた。原さんがぽうっとした顔で永嗣さんを見て、それから「風香ちゃんっ!」と叫んだ。
「は、はいっ」
「どこでこんなイケメン捕まえたのー!? いいないいな、っていうかお似合い! あーもう、式はいつ!? こんなイケメンさんのタキシードなんか、目が幸せになっちゃうじゃんっ!」
マシンガンのようにそう一気に言われて、少し頭がくらくらした。「えへへ」と笑うと、原さんがにっこりと笑う──重い空気を変えるためにわざとハイテンションに接してくれたのだと分かった。
永嗣さんにも伝わっていたみたいで、永嗣さんは微かに笑ってから「ありがとうございます」と少しおどけた口調で答えてくれた。
「式は未定ですが、必ずご招待します」
「楽しみにしてまーす!」
私も空気を壊さないように、できるだけニコニコと頷く。
……きっと、結婚式なんてしないけれど。