離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~
……そんなことを考えていたからか、私は彼を、徳重永嗣さんを見かけた瞬間、ほとんど反射的に声をかけていた。どきどきと胸が高鳴る。大好きな人とまた会えた、それも九年ぶりに会えた幸せで、頭がいっぱいになって──
「徳重さん?」
免許の住所変更に訪れた警察署、その古く薄暗い廊下で──彼は、きっちりとスーツを着込んで、少し険しく眉を寄せていた。
そんな彼に話しかけたあと、私は思い切り後悔した……彼が私を覚えているわけ、ないじゃない!
けれど徳重さんはすぐに眉を解き目を細め、ゆっくりと頬を緩めてくれた。
「──鶴里さん、か? 鶴里風香さん。久しぶりだな」
「はい……っ、ご無沙汰してます……」
私は泣きそうになるのを堪えながらそう答えた。
ああ、覚えていてくれた。
ただそれだけで、幸せで胸がいっぱいになる。
「どうした? ……まさか、また何か」
私はびくりと肩を揺らし、一瞬だけ今回の引っ越しの原因を頭によぎらせた。
けれど、……これは言えない。
私は微笑んで「免許の住所変更で」と今回の本来の目的を告げてから、首を傾げる。
「徳重さんは……刑事さんになったんですか?」
かっこいいなあ、なんて思いながら彼の姿を改めて見つめた。
あの時より、ずっと「大人の男性」になってる。もう何歳くらいになるんだろう? 三十歳を少し超えたあたりだろうか。
「ん? ああ」
徳重さんは少し困ったように肩をすくめた。
「俺は──」
「と、徳重警視!」
バタバタバタバタ、と慌ただしく階段を降りてくる音がする。見れば、立派な警察官の制服に身を包んだ中年の男性、数人だった。
「この度の件は、わたくし共の不徳の致すところであり、早急な対策を」
「答弁を聞いているのではないのですよ署長」
私は思わず彼を見上げた──あまりにも冷たい声に、こちらまで背中が冷える。
……と、いうか。
署長、と呼ばれた明らかに年嵩の男性に対して、徳重さんは一歩も引いていない。
私は目を瞬く──「刑事さん」……じゃ、ない? 警視って呼ばれてた?
疑問符でいっぱいな私の見つめる先で、徳重さんが冷徹な視線のまま口を開いた。
「捜査資料の紛失など、あってはならないことです。このことはもちろん公表しますので腹を括っておいていただけると」
「こ、公表!? そんな! 結局見つかったのに」
「見つかった?」
徳重さんが厳しい目で「署長」と呼んでいた男性をじっと見つめる。
徳重さんはかなり背が高い──180センチ半ばはあるだろうか?──から、男性としては小柄な部類に入るだろう署長さんからしたら、半眼で睨まれているようなものだ。
署長さんは明らかにたじろいだ。
「見つかったんじゃない、見つけたんです、俺が」
低い声で徳重さんは言う。
「資料室の、崩れかけた段ボールの下に押し込まれているのを」
「そ、それは、署員のミスで。別の事件と勘違いを」
「ミス? ……いいか、あなた方にとっては何百件もある事件のひとつに過ぎないかもしれない。けれど、被害者にとっては一生を狂わせる出来事なんです」
ぐい、と徳重さんは署長さんに詰め寄った。署長さんの広いおでこは、汗の玉が沸いて流れている。
「し、しかし……」
チラチラと私を訝しげな目線でみたあと、署長さんは「しかし、何です?」という徳重さんの言葉にぐっと唾を飲み込み、続けた。
「と、徳重警視もまだ二課長を拝命して日が浅いではないですか。所轄からの反感を買うのはお勧めしませんね。いえ、これは我が身可愛さで言っている訳ではないのです」
署長さんが歪に唇を上げる。
何の話をしているか分からない私にもはっきり分かる──それは恫喝する口調だった。