離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~
食べ終わってふと、空を見上げる。
感嘆の声さえうまく出なかった。月のない天宙は、一面の星空。
「……わ」
「綺麗だな」
「はい……」
しばらく眺めて、ふと身体の冷えを覚える。六月とはいえ、山の中だしかなり冷える。つい小さくくしゃみをしてしまって、永嗣さんが眉を上げて私を抱き寄せた。
「風呂に行くか」
「あ、永嗣さんお先に。お疲れでしょうから……」
ここまで運転してくれて、その上バーベキューまで。
しかし永嗣さんは悪戯っぽく笑って、私を抱き上げた。お姫様抱っこ!
「ひゃあ!?」
「俺はさっき『後で入ろうか』と言ったんだ」
「? はい」
「一緒に、を省略してはいたけれど」
「──!!」
「頷いてくれたじゃないか、何度も」
「っ、だってこんな、えっ、一緒にだなんて!」
私は暴れて見せたけれど、……そろそろ分かってきた。無駄な抵抗は本当に無駄に過ぎないんだって。
裸でちゃぽん、とあごまでお湯につかる。大きな檜露天風呂の湯気の向こうで、永嗣さんは私を余裕たっぷりの顔で眺めていた。
光源は間接照明だけ。ぼんやりとした空間で、はっきりと身体が見られるわけではないけれど、それでもやっぱり、恥ずかしい!
「風香、諦めてこっちに来い」
「いやです」
「なぜ」
「恥ずかしいからです!」
「今更だろう」
永嗣さんが笑う。
「右太ももの内側の付け根にキスマークまで付けられているのに」
「……!? そ、そんなとこっ、とこにっ!?」
お湯の中だから確認しようがないけれど!
永嗣さんは「ん?」って感じで首を傾げる。
「いや、左だったかな。確認してやるからおいで」
「そんな手には乗りません!」
「残念だ」
永嗣さんは大人の男の人、な低く喉で笑う笑い方をして、それから私を引き寄せた。
「わ、っ! 永嗣さんっ……」
「全く。もう少し甘えてくれてもいいのに」
残念そうに言いながら、永嗣さんがお湯の中で私の身体に触れる。
「ん……っ」
「声はこんなに甘やかなのに」
「ふ、ぁっ、永嗣さ、やめっ」
「やめた方がいいか?」
ちゃぷ、とお湯が揺れる音がする。
「風香が嫌ならやめるけれど」
その声に──私は永嗣さんに触れられてくらくらしたまま、反射的に首を振る。
「嫌じゃ、ない……です」
好きな人に触れられて。
大好きな人に求められて。
嫌なわけがない……
ふ、と永嗣さんが笑う。
「可愛い」
その言葉が嬉しくて、狂おしいほど愛おしくて、でも──同時に私は嫉妬してしまう。
将来的に、仮初でも契約でもなく永嗣さんと結婚する誰かにも、彼は同じように囁くのだろう。可愛い、と。そして慈しむのだ。私にしてくれているように──
私ははっ、と息を吸って振り向く。
「風香?」
驚き顔の永嗣さんの唇に、思い切って唇を重ねた。少しひんやりしている──お湯で温まったせいか、微かに汗の味。その唇を甘噛みして、舐めて。いつも永嗣さんがしてくれているように……でも、うまくいかない。
どうしたってたどたどしい感じになって、私は永嗣さんの後ろ首に手を回して抱きついて、一生懸命にキスを続ける。
忘れないで。
私と別れて、別の誰かを愛するようになっても、どうか──わがままだけれど、時々は私を思い出して。
私はきっと、忘れないから。