離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~
「まさか次長も逮捕されるなんてね……」
蜂の巣をつついたかのような大騒ぎの末、なんとか夕方ごろに落ち着きを取り戻した支店の給湯室で、原さんがカップを洗いながら思い切り笑う。
「ざまーみろ! って感じじゃない?」
私は肩をすくめるにとどめた。
まだ状況がいまいち、飲み込めていなくて……支店の外では、押収されたいろんな資料が入った段ボールを運び出していく捜査員の人たちを撮影しようと、マスコミが押しかけている。本店からは「マスコミが落ち着くまで絶対に外に出るな、出てもインタビューには答えるな」との強いお達しがあった。
「なんだっけ、特別背任? 結構な額がウチから砂田鉄鋼経由でどっかに流れてるって……闇! 闇よね! 暴力団だったりして。ねえねえ風香ちゃんの旦那さんが逮捕しにきたんでしょ? 何か聞いてない!?」
念のため、と押収された後すぐに返してもらったばかりのスマホでニュースを検索しているらしい原さんに興味津々に聞かれるけれど、私は曖昧に首を振った。何も知らなかった。
でもこんな大掛かりな事件、昨日今日で捜査できるわけがない。半年とか、一年とか、……下手すると数年がかり。ニュースとかでやってる「執念の捜査」ってやつなんじゃないかな。
「砂田鉄鋼で逮捕されたのは社長だけらしいけど。あのバカ息子も流石に大人しくなるんじゃない?」
バカ息子……は、私のストーカーをしていた砂田さんのことだ。
(……ってことは、永嗣さん知ってたよね?)
再会したときに、名刺を渡した。
あの時永嗣さん、名刺を見て少し表情を変えていた……ほんの少し、だけ。
(こういうこと、だったのか……)
私のそばにいると決めてくれたのも、もしかしたら「離婚してバツイチになる」という目的の他に「捜査の役に立つかも」という打算があったのかもしれない。私のストーカーが砂田鉄鋼関係者だって知ったから、プロポーズしてくれたってこと、だよね?
そうじゃなきゃ、私と一緒にいるメリットなんてなにもないもの……
「きついなあ……」
利用された……んだと、思う。
それでも好きな気持ちに変わりはない。
それに、永嗣さんはこう言っていた。『詳しくは言えないが、きみを助けることができる』──それはこういうことだったのだろう。
私だって永嗣さんを利用したんだ。
思わず出たため息に、「ん?」と原さんが私の顔を覗き込む。
「体調悪い? そりゃそうなるよね、仕事なんかできないし、刑事さんたちに色々聞かれて頭こんがらがるしー。あ、ねえちょっと待って、近くの警察署の署長さん、この事件の証拠書類無くしかけたんだって! ヤバ」
「証拠書類?」
私はなんとなく既視感のある言葉に首を傾げる。
「そうそ……って、ふーかちゃんの顔色も本格的にヤバ」
原さんの眉が思い切り寄る。私は両手を振った。
「え、大丈夫ですよ」
「無理するな」
聞き慣れた声に振り向く。
永嗣さんの、ほんの少し乱れた髪。肘まで捲り上げたシャツ姿で、私たちを見下ろしていた。