離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~

 しかし、徳重さんは眉ひとつ動かさなかった。ほんとうに、口の端さえ。


「身内を庇い立てしすぎるのは警察の悪習だとは思いませんか?」

「……ご自分は、そうではないと?」


 濁った目で署長さんが徳重さんを見上げる。
 徳重さんはすっと目を細めた。


「少なくとも市民の信頼を得たいならば、一罰百戒で構わないと俺は思っています」

「……出る杭は打たれますよ、警視」

「肝に銘じましょう」


 フラットな声で彼は言い、踵を返した。それから私を見下ろして目元を緩める。


「鶴里さん」

「は、はいっ!?」


 思わず声が裏返る。

 徳重さんはくっ、と喉元で大人の笑い方をしてから「怖がらないでください」と言った。

 私は目を白黒させながらこくこく頷く。それから徳重さんに促され、薄暗い廊下を歩きだした。天井では、時代的な蛍光灯が「じじっ」と音を立てる。

 やがて階段を降りて正面玄関にたどり着いたとき、彼は「この後の予定は何か」と唐突に私に聞いてよこす。


「へ!? え、あ、ありませんが」

「変なところを見せてしまって申し訳ない──お詫びに昼食でもどうだろうか」


 私はきょとんと彼を見上げた後、ものすごい勢いでこくこくと頷いた。心臓が勝手に大きく拍動している。

 ……まさか、また声を聞くことができただけじゃなくて、食事に誘ってもらえるだなんて!

 警察署の向かいには、何件かのカフェや定食屋さんが並んでいた。今は十三時過ぎ。お昼のピークは過ぎているからすぐに入店できるだろうし、それのどれかに行くのだろう、とふわふわした気分のまま、彼について行った先は──警察署の駐車場だった。


「あれ?」


 車……?


「どうぞ」


彼が示したのは紺色のセダン。
車には詳しくない私ですら、一目で高級な外国車だと分かるそれに首を傾げる。警察の車って国産車じゃないのだろうか?


「あの」

「なんだ?」

「私、てっきりあの辺かと……」


 私が指差したのは、警察署向かいのカフェ。あのあたりなら、私もちゃんと食事代が払えそうなんだけれど……

 徳重さんは「ああ」って顔をして、それから眉をわずかに下げた。


「馴れ馴れしすぎたかな」


 え、と首を傾げた私に、徳重さんは微笑む。


「よく知りもしない男の車に乗れだなんて──じゃあ、あのあたりのカフェで……」

「の、乗りますっ」

 私は声が裏返りそうになるのを必死で抑えながら半ば叫ぶように言う。


「徳重さんは『よく知りもしない男』なんかじゃないです! 私を助けてくれた、お巡りさんです……」
< 6 / 84 >

この作品をシェア

pagetop