離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~
8 (永嗣視点)
 風香の料理は旨い。
 母親が料理を生業としてきたからか、彼女を支える上で家事をこなしてきたからか、レパートリーも多いし味も最高だ。
 ……もっともこれは、俺が彼女に惚れ込んでいるからかもしれないけれど。
 しかし、その恩恵を受けるのは俺だけじゃない。


「そうなの? 忙しいんだねヒロくん。……うん、分かった、冷蔵庫にいれとく。ん? あはは、はいはい。ヒロくんレバー好きだね。うん」


 風香は多分、俺が帰宅したことに気がついていない。リビングのソファに座り、スマートフォンに向かって(従兄とはいえ!)明るい声で男と会話するのを見せつけられて、正直平静ではいられない──というのが本音だった。


「風香」

「わっ!」


 ソファの背後に周り、風香の耳元でそっと名前を呼ぶ。風香は驚いた表情で振り向き、慌ててスマートフォンに向かって「じゃ、じゃあまたね!」と通話を切ってしまう。

 ヒロくん──とは、風香の従兄だ。ほとんど兄妹として育ち、かつて風香の「恋人役」を務めたこともある男。直接会ったことはないが、風香からもお義母さんの口からも噂だけは聞いている。

 なにやら仕事が多忙で体調を崩しやすいらしく、心配した風香が時折食事を差し入れているだとか、時々ふたりで買い物に行っていただとか……

 はっきり言おう。
 クソムカつく。
 無表情になった俺を見上げて、風香が首を傾げた。


「永嗣さん……? おかえりなさい」

「『ヒロくん』、相変わらず仲良いんだな」


 俺の声に、風香はきょとんとしたあと首を傾げた。


「従兄なので……ふふ、『お兄ちゃん』ではないんですけど」


 じゃあ男と見てるのか? と口から出そうになって慌てて噤む。三十超えて子供みたいな嫉妬……でも仕方ないだろう? こんなに誰かを想うのは、好きになるのは、愛しく思うのは初めてなのだから。


「いつ差し入れに行くんだ?」

「えっと、明日かな……」


 不思議そうに俺を見上げる彼女の横に、どかりと座る。


「? 晩御飯、できていますよ」


 あっためなおしますね、と立ち上がりかけた彼女の手を引き、自分の足と足の間に座らせた。後ろから抱きしめて──そうして、華奢な彼女の肩に顎を乗せる。


「えっ、永嗣さん……?」


 風香が戸惑っているのがわかる。けれど構っていられない。


(それでなくても逃げられそうだというのに……)


 風香のストーカー事件は、おおむね解決していた。砂田孝雄は父親の事件を受けてさすがに風香に付き纏う暇はない……というよりはマスコミに付け回されて身動きが取れないようだった。
< 62 / 84 >

この作品をシェア

pagetop