離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~
──さて。
「いやあん、ほんっとにイケメンじゃなああい!」
という掠れたバリトンボイス──いわゆるイケボとか言うんだろうか──声の主に対して、俺はどんな感情を持てばいいのか一瞬分からなくなっていた。
「ヒロくん、ヒロくん、落ち着いて。永嗣さんびっくりしちゃってるから」
「ええっ無理無理〜こんなイケメンんんんアタシのタイプだもんっ!」
投げキスをされた。避けると怒られそうだったので、甘んじて受ける。ヒロくんは満足そうにその整った顔面を笑みに染めた。さすが風香の従兄、かなりの美形だ。
聞けば、最近売り出し中のメイクアップアーティストらしい。
『ご飯を作るのは約束しちゃったので、家に取りに来てもらうのはいいですか?』
風香があまりに「ヒロくん」を心配するから、それは許可したものの。
翌日の夜遅くに、化粧品と女性ものの香水の甘やかな香りを纏ってやってきた男に、俺は脱力感を禁じ得ない。
なるほど、「お兄ちゃん」ではない……とはこういうことだったのか。
「すっごいイケメン〜。ねえねえ風香のどこが好きなの〜?」
「もう、ヒロくん、永嗣さん困らせないで。ごめんなさい永嗣さん、ヒロくん人よりいつもちょっとだけテンションが高いんです」
ちょっとだけ、なのだろうか。まあそれはさておいて。
「……どうぞ」
スリッパをすすめると「あらん、新婚の愛の巣に! いいのお?」とニコニコとしながら玄関を上がる。スラリと背も高い。俺と同じくらいはあった。
「ひろぉい〜、風香ちゃん玉の輿ぃ〜」
「玉の輿って」
苦笑しながら先にキッチンの方に向かう風香の背中を見ながら、ヒロくんが口を開く。
「ねえ風香ちゃんのどこが好きなの?」
彼の方を見ると、もう笑っていなかった。
「あの子可愛いもんね。でも顔だけとか身体だけとか言わないわよね?」
「──頭のてっぺんから足の爪の先まで、笑うところも泣くところも全て好きだけれど、あえて言うなら食事を美味しそうに食べるところ」
ふうん、と言いながら彼は俺から目線を外す。
俺の答えが合格だったか否かはともかく──ヒロくんは「大丈夫そうね」と柔らかく口角を上げた。
「風香ちゃんって、小さい頃お父さん亡くしてから叔母さんとふたりで生きてきたからかしら、甘えてくれないの。頼ってくれないの。自分で引いたラインの中に人を入れさせないっていうか、頑なっていうか……よく知らないけど、砂田とか言うストーカーの件もあなたが解決してくれたんでしょう? 風香ちゃんがここまで誰かを頼るなんて、しかも結婚までするなんて。……正直、びっくりしてる」
そう言いながら、彼はやけに婀娜っぽく笑う。
「風香ちゃんに信頼されてるのね、貴方。羨ましいわ」
そう言って──すっ、と近づいてきた彼は俺の頬にキスをして。思わず固まった俺の耳元で、低い「男」の声で言う。
「あいつ泣かせたらぶっ殺す」
目を瞠る。
「ちょ、ちょっと、ヒロくん──!?」
ぴったりのタイミングで、風香が廊下を曲がってきた。いつまでもリビングに来ない俺たちを心配したのだろうが……しかしその目は浮気を目撃した女性のような色を浮かべていて。