離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~
9(風香視点)
「風香ちゃん、これ……」


 まだまだ暑い風の中に、朝夕はなんとなく秋の色が混じり始めた九月始め。

 退職を撤回し、銀行に残ったある日の昼休み──先輩の原さんが、私にスマホを「恐る恐る」って感じで差し出した。


「見せるか迷ったの。でもまた何かされたらって思うと……これ、旦那さんにも報告しな?」


 私は嫌な予感で微かに指先が痺れつつ、原さんのスマホを受け取る。その画面は青いSNSアプリのもの……アカウント名に見覚えはない。けれど、そのユーザーが呟いているのは明らかに私のことだった。

 顔は加工して隠してあるけれど、明らかに私だと分かる写真。スーパーで買い物をしていたり、ドラッグストアでシャンプーを選んでいるときの写真……どれも、永嗣さんと結婚する前のものだったけれど。


『あの女、オレを利用してオレの人生めちゃくちゃにしやがった』

『そこまでするほどオレに執着しているのか』

『愛情表現が歪みすぎだろ』

『オレも愛してる』

『今はまだ動けないけれど、絶対逢いにいくからな』


思わずスマホを取り落としそうになる。
過呼吸のようになる身体を、原さんが支えてくれた。


「ごめん、ごめんね。あのね、この間一緒にランチ行ったじゃん、チーズがものすごいとこ。あそこの写真、飲みもの乾杯してる写真撮ったじゃん、手とワインだけ映ってる写真。あれ載せたらこいつから『いいね』来て……」


原さんが眉を下げた。

もしかして、手だけで私だと分かった……の? そもそもなんで、原さんのアカウントを知っていたの?

ぞっとして身体をかき抱いた。不安そうにする原さんを見上げて、私は「すみません」となんとか言葉にした。


「怖かったですよね、すみません……迷惑かけて」

「っ、そんなのいいの! それより、もう砂田鉄鋼のことなんかどうでもいいんだから、警察行きな? ていうか旦那さんに相談?」


 私はこくん、と頷いた。


「これ、アカウント送ってもらえますか? 帰ったらすぐ彼に見せます」


 心配、かけてしまうけれど。
 でも、これで──砂田さんが逮捕されたら……永嗣さん、まだ私を心配して結婚し続けてくれている永嗣さんが、私から解放される。


(強く、ならなきゃ)


 私はぐっと手を握った。
 いつまでも永嗣さんに甘えて、守られているばかりじゃいけない。

 いつか──おそらくは近いうちに──私はあの優しくてあったかくて大きな手の中から出なくちゃいけない。胸はきりきり痛むけれど、それでも。


私は、ひとりで強く生きていかなくてはいけないのだから。

 このとき、私は怖かったけど。
 気持ち悪かったけれど。
 でも、大丈夫だって思っていた。
 私を心配してくれている永嗣さんにつけてもらったSPさんたちが、未だに朝晩送迎してくれていたし──
 それに、砂田さんは「まだ動けない」って投稿していたんだから。
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