離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~
「ここはどこ!?」
「君の部屋だけれど……?」
不思議そうに彼は言った。
「いやあ、びっくりしたよ焦ったよ。急に君が変な男に連れていかれるからさあ、なんとか助けなきゃと思って」
にこにこ、と植木博正は笑う。笑っているのに、右手にはしっかりとさっきと同じ包丁が握られていた。
「でも、もう大丈夫。全部元に戻したからね。君が引っ越してすぐ部屋をおさえて、同じものを揃えて……ごめんね時間かかって」
「何を言っているの?」
「もう大丈夫」
私の言葉を完全に無視して、植木博正は続ける。
「さあ、話し合おうか風香ちゃん」
両手を広げ、植木が言う。私は震える舌をなんとか動かした。
「あなたと話すことなんか、ひとつもありません……っ」
「うーん、なんでそんなに頑ななんだい」
「私はっ」
ぐっ、と手を握る。
永嗣さんからもらった指輪を握りしめるかのように。
「私は、あなたが嫌いです……!」
植木は外国人のようなオーバーなリアクションで肩をすくめた。
「まだ気がついてないんだね。君と僕とは運命だってことに」
「そんなもの、あなたとの間にはありません!」
「君が初めて僕に微笑みかけてくれた日のことを覚えているよ。雨の日の、混雑した電車の中だ」
歌うように、植木は語り出す。
「傘を忘れた僕の袖をそっとひいてくれた。お忘れですよ、と微笑んでくれた。大切な大切な、君との思い出──誰にも秘密にしてきたよ。警察にだって弁護士にだって言っていない」
そうして私を見て、にたりと笑ってみせる。
「ふたりだけの、大切な……ね」
「……知らない」
私はゆるゆると首を振った。
「覚えてません」
「……?」
植木が心底不思議そうに私を見る。
「覚えてない?」
「全く身に覚えがないです」
「まさか」
信じられないことを聞いたかのように植木はゆっくりと発音した。
「覚えてない?」
頷いて、私は続ける。
「私を解放してください。私はあなたのことをストーカーだとしか思っていないですし、傘の記憶もありません。むしろ、忘れた人がいたら誰にだって──」
「誰にでもするのか!?」
植木が唇をぶるぶると振るわせながら叫ぶ。
「誰にでも!? この、このクソビッチ!」
「きゃあっ!?」
植木が私の髪を掴む。
「誰にでもするって言ったのか! ぼ、僕は警察にまで捕まったのに! 愛の試練だと思って耐えてきたんだぞ! なのに、お前は僕を弄んだだけだったのかぁっ!」
「っ、やめっ、痛……っ!」
髪を引っ張られて、ベッドから引き摺り落とされる。