離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~

「ここはどこ!?」

「君の部屋だけれど……?」


 不思議そうに彼は言った。


「いやあ、びっくりしたよ焦ったよ。急に君が変な男に連れていかれるからさあ、なんとか助けなきゃと思って」


 にこにこ、と植木博正は笑う。笑っているのに、右手にはしっかりとさっきと同じ包丁が握られていた。


「でも、もう大丈夫。全部元に戻したからね。君が引っ越してすぐ部屋をおさえて、同じものを揃えて……ごめんね時間かかって」

「何を言っているの?」

「もう大丈夫」


 私の言葉を完全に無視して、植木博正は続ける。


「さあ、話し合おうか風香ちゃん」


 両手を広げ、植木が言う。私は震える舌をなんとか動かした。


「あなたと話すことなんか、ひとつもありません……っ」

「うーん、なんでそんなに頑ななんだい」

「私はっ」


 ぐっ、と手を握る。
 永嗣さんからもらった指輪を握りしめるかのように。


「私は、あなたが嫌いです……!」


 植木は外国人のようなオーバーなリアクションで肩をすくめた。


「まだ気がついてないんだね。君と僕とは運命だってことに」

「そんなもの、あなたとの間にはありません!」

「君が初めて僕に微笑みかけてくれた日のことを覚えているよ。雨の日の、混雑した電車の中だ」


 歌うように、植木は語り出す。


「傘を忘れた僕の袖をそっとひいてくれた。お忘れですよ、と微笑んでくれた。大切な大切な、君との思い出──誰にも秘密にしてきたよ。警察にだって弁護士にだって言っていない」

 そうして私を見て、にたりと笑ってみせる。


「ふたりだけの、大切な……ね」

「……知らない」


 私はゆるゆると首を振った。


「覚えてません」

「……?」


 植木が心底不思議そうに私を見る。


「覚えてない?」

「全く身に覚えがないです」

「まさか」


 信じられないことを聞いたかのように植木はゆっくりと発音した。


「覚えてない?」


 頷いて、私は続ける。


「私を解放してください。私はあなたのことをストーカーだとしか思っていないですし、傘の記憶もありません。むしろ、忘れた人がいたら誰にだって──」

「誰にでもするのか!?」


 植木が唇をぶるぶると振るわせながら叫ぶ。


「誰にでも!? この、このクソビッチ!」

「きゃあっ!?」


 植木が私の髪を掴む。


「誰にでもするって言ったのか! ぼ、僕は警察にまで捕まったのに! 愛の試練だと思って耐えてきたんだぞ! なのに、お前は僕を弄んだだけだったのかぁっ!」

「っ、やめっ、痛……っ!」


 髪を引っ張られて、ベッドから引き摺り落とされる。
< 74 / 84 >

この作品をシェア

pagetop