離婚するはずが、エリート警視は契約妻へ執愛を惜しまない~君のことは生涯俺が守り抜く~
そうして避けるどころか一歩踏み込み、植木の腕の内側に入る。植木が振りかぶった包丁の軌道を変える前に、永嗣さんの拳は植木の顎を突き上げるように殴りつける。
それで終わりだった。
汚い悲鳴を上げて、植木が倒れ込む。
瞬間に、私は腕を引かれて彼の胸に抱かれていた。
「風香……っ」
永嗣さんの声が鼓膜を震わせる。
私はどっと力を抜いて、彼の力強い腕に抱きしめられるに任せる。
(ああ、……永嗣さんだ)
私は愛おしい体温に、キュ、と目を閉じそうになって……その視界の隅で、植木が半身を起こそうとしているのを認めた。
「……っ!」
思わず身体をすくめた私に、永嗣さんが言う。
「大丈夫だ」
「……え?」
「くそっ、こいつ、お前もそのビッチも殺す! 殺してやるうっ!」
そう叫んではいるのに、ぐらぐらと植木の身体は安定しない。
「顎を殴られると脳震盪を起こしやすい。テコの原理に近いかな」
よしよし、と永嗣さんが私の頭を撫でながら言う。ああそうか、首が支点だから脳が揺れるのか……
「……これからDNA鑑定してみないと分からないが、おそらくこの部屋のドアに『あの紙袋』をかけていたのもこいつだ。砂田とはDNAが一致しなかった」
「え?」
「それで植木に照会をかけたら半年前、家族から捜索願いが出ていた。こちらに戻ってきて、再び風香のストーキングを始めていたんだろう」
「……!」
「都県を跨ぐと、捜索願は共有されなくなる場合が多い。こいつの場合、執行猶予期間も満了しているし……都内で半年間もホテルを転々とする資金はないと踏んで、不動産屋を当たって……運良くここを発見できた」
永嗣さんがはあ、と大きく息をする。
私はというと、驚きで、思考がうまく働いていない。
「殺す! 殺してやる!」
よだれを撒き散らし植木が叫んだとき、またもやドアが勢いよく開かれ、今度は沢山の足音がフローリングを揺らした。
「植木博正! 営利目的等略取及び誘拐の罪で逮捕状が出ている! ……っと、おい、立てるかあ?」
先頭に立っていた男の人が、咎めるような目線で永嗣さんを見た。すいっと永嗣さんが目線を逸らす。男の人は呆れたように永嗣さんを睨んだ後に私を見て「お怪我は?」と優しく聞いた。首を振ると、刑事さんと思しき男の人たちが、ゆっくりと植木を立ち上がらせ連行していく。
「風香、おい、風香、こっち見ろよ、僕を見ろッ」
思わず目線をやりそうになった目を、永嗣さんの大きな手が覆う。
「見なくていい」
永嗣さんが静かに言った。
「見てやる価値もない」
私は──こくり、と頷く。
ゆっくりと彼の手が離れていく。
私は永嗣さんを見上げて──首を傾げた。