隠された彼の素顔

 緑川さんに『レッドの様子、気にならない? よかったら見舞いに行ってやって』と言われ、あるマンションにやってきた。

 緑川さんを全面的に信用していいのかは、わからない。ただ、からかわれているだけかもしれない。けれど藁をもつかむ思いだった。

 マンションに到着し、エントランスで部屋番号を押す指が震える。

「オートロック解除したから、入って」と言われ、進んだ先の部屋にはレッドがいた。

 レッドそのものだった。ボディースーツとマスクを被り、ショーからそのまま飛び出てきたみたいな彼に、戸惑う。

 中へと促され、彼と短い会話を交わしたあと、あの日と同じ光景が繰り返された。

 マスクをめぐりながら、ゆっくりと近づいて来る彼。形のいい薄い唇が露わになる。ただ前回と違い、顎を持ち上げられた。

 自分の心音が、煩わしいほど大きくなる。

 どうしよう。どうしたらいいんだろう。

 近づいてくる彼から逃げられなくて動けずにいると、彼の方が背を向けた。

「出て行ってくれないか」

 相容れない声に愕然として、彼を目で追う。その彼の背中越しにベランダが見えた。

「俺の前に二度と現れないでくれ!」

 悲痛な訴えは胸を締め付けて、私はその場から逃げ出した。
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