隠された彼の素顔
毎日通る花屋がある。仕事があるときも、スタジオでアクションの練習があるときも、必ず店の前を通る。
そこで働く花井さんが、詐欺師に騙されて泣いていた女性だ。
最初はひと目惚れだった。水をやりながら、植物に話している姿がかわいらしいなと思った。
そう思ってから、観葉植物をひとつ買うまでに3ヶ月。もちろん自分から話せず、彼女が話しかけてくれる内容に頷くだけ。
『一緒に、簡単な育て方の紙を入れておきますね。かわいがってあげてください』
細やかな気遣いが素敵だなと思った。そして観葉植物を買った人に『かわいがってあげて』と言える彼女は、心が綺麗な人なんだろうなと感激した。
育て方の紙のほかに、おすすめの観葉植物が書かれたものも入っていた。小さな写真の横に育てやすさや、特徴などが記載されている。
まんまと店側の思惑通り、おすすめの観葉植物を初心者向けのものから順に買っていった。
喋れなくても、合法的に彼女の視界に入れる。それだけで十分だった。
『前に買われたアイビーどうですか?』
前回買った観葉植物を覚えててくれたときは、心の中で飛び跳ねた。
『この子、かわいいですよねー』
満面の笑みでポトスを見つめる表情が、目に焼き付いて離れなかった。
買うたびに彼女が話しかけてくれる。しかも彼女から買った"かわいい子"たちを枯らすわけにはいかない。
お陰でマンションのベランダは、ジャングルになっている。
その彼女がショーを観覧して、話す機会が持てたのは、奇跡に近い。
けれどその奇跡を、俺は素直に神様に感謝する気持ちにはなれなかった。