モナムール
振り向いてください
シックなダークブラウンのカウンターは、間接照明で照らされて深い色合いを瞳に映す。
そこに置かれたグラスの中に入っている琥珀色が、氷で少し薄まっていくのを感じて煽るように飲み干した。
「同じものください……」
少し焼けてしまった喉。咳払いをしながら追加注文をすると、目の前で困ったような顔をしたマスターが
「……かしこまりました」
と一礼した。
街中の外れ、一見すると近寄り難い雰囲気の雑居ビルの中にあるバー、dernier。
そのカウンター席の一番奥。そこが私、中野 梓のいつもの席だ。
「今日は一段と飲むペースが早いですね」
「だって、飲まなきゃやってらんないからー……」
「また例の彼ですか?」
「……そう。でももう、あの人のことは諦めようと思って」
「そりゃまた、どうしてですか?」
「だって、突然結婚するって言うから……。そんな相手がいるなんて全然知らなくて。……これ以上報われない片想いしてたって、惨めなだけじゃない」
来月二十六歳になる私は、もう三年ほど同じ相手に片想いをしてきた。
会社の上司である鷲尾さん。
まさか現社長のご子息という根っからの御曹司だなんて思ってもいなかった私は、鷲尾さんが営業部にいた頃に新入社員として仕事を教えてもらっていた。
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