モナムール



鷲尾さんにとって初めての教育を担当した新人で、新卒ホヤホヤのポンコツだった私を教育するのはさぞ大変だっただろうと思う。


それでもよくしょうもないミスをしてしまう私を注意しつつも落ち込まないように励ましてくれて、根気強く支えてくれるその優しさに惚れた。


彫りの深い顔立ちも、仕事中の真剣な眼差しも大好きで、いつのまにか目で追うようになって自分の気持ちに気が付いた。


しかし鷲尾さんはある時から表情を無くしたかのように仕事に邁進し、気が付けば社長子息だと発表され、つい最近人事異動で専務に就任したと聞かされた。


急に誰もいなくなったその席は、ぽっかりと穴が空いてしまったかのように空虚に満ちていて。


鷲尾さんがいなくなってしまった営業部に慣れるのが大変だった。



「御曹司だったってことだけでもう住む世界が違うっていうのはわかってたけど。でもまさか、子どもまでいたなんてぇー……」



先日、部内のお局様がどこから情報を得てきたのか、



"鷲尾専務が結婚するらしいの。相手は子持ちのシングルマザーで、籍入れてなかっただけでその子どもは専務の子どもなんだって!"



と鼻息荒く触れ回っていたのを思い出す。


お陰で鷲尾さんに密かに片想いをしていた私はあっけなく撃沈してしまったのだ。


もっと早く告白していれば、なんて思っていた数週間前の自分を恨みたい。


さらには一緒に仕事しながら浮かれていた数年前の自分を恨みたい。


再びグラスの中のウイスキーに氷が溶けていく様を見て、何度目かわからないため息をこぼした。


< 2 / 36 >

この作品をシェア

pagetop