モナムール
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「いらっしゃいませ」
「こんばんはマスター」
「お久しぶりですね。お仕事忙しかったんですか?」
「まぁ、そんなところ。最近仕事が上手くいかなくて」
dernierのドアを開けた時の、いつもと変わらないマスターの笑顔を見たらなんだかホッとした。
実家に帰ってきた時と同じ安らぎを感じるのは、きっとマスターの人柄の良さだろう。
今日は私の他にはまだ誰もいないようだ。
いつも通り奥の席に座り、キープしてあるボトルを頼み、グラスに入った琥珀色をじっと眺める。
「……中野さん?どうかしました?」
「……今日、あの人に久しぶりに会って」
「あの人って……例の彼ですか?」
「うん。……なんか、幸せそうでホッとしちゃった」
「そうですか」
普通なら、好きな人が他の人を想って幸せそうな顔をしているなんて、嫉妬したり落ち込んだりしてもおかしくないだろう。
でも、私は今日鷲尾さんに会って、どこか吹っ切れたような気がしていた。
「別に気持ちを伝えたわけでもないし、何かあったわけでもないけどさ。……なんか、あの時のどん底まで沈んでた顔から、ちゃんと明るい顔になってるの見たら、安心しちゃった」
鷲尾さんの笑顔なんて、どれくらいぶりに見ただろう。
表情を無くして仕事に邁進していた姿を思い返すと、今の幸せそうな姿が見られただけで私は嬉しい。
なんて、思い出したら少し泣きそうになってしまい、ツンとする鼻を押さえながら笑顔を作る。
するとマスターがグラスの隣にチョコレートを置いてくれた。