夢幻の飛鳥~いにしえの記憶~
古麻(こま)、心配かけてごめんね」

稚沙(ちさ)は少し申し訳なさそうにして、彼女にそう答える。今回は理由が理由なだけに、中々思いの内を話す訳にはいかなかった。

「まぁ、気にしないで。誰だって人にいいにくいこともあるわ。
もし何か困ったり、話したくなった時はいつでもいってね。私ちゃんと聞くから!」

古麻は稚沙に笑ってそう答えた。彼女自身も前回の恋人との別れから、だいぶ吹っ切れたようである。

「ありがとう、古麻。本当に話したいことが出来たらお願いする」

「えぇ、是非そうしてちょうだい。じゃあ私は仕事に戻るわね」

そういって彼女は、稚沙のもとを離れていった。

(いつか、古麻ともこういった色恋事の話が出来るようになりたい……)

稚沙が男性を好きになったのは、今回が初めてである。

実家にいた頃も、年の近い男の子達もいるにはいたが、10歳を越えたばかりの彼女には、まだ恋と呼べるような感情を抱くまでには至らなかった。

「とりあえず今は、まず目先の仕事を早く終わらせないと。そうしないと厩戸皇子に合わせる顔がないもの!」

その後彼女は、頑張って気持ちを切り替え、仕事に取りかかることにした。

日頃は仕事で失敗も多い彼女だが、いざとなると、凄い勢いで仕事をこなしていく。
彼女もやる時はやるようだ。

彼女が忙しく仕事をしていると、何やら誰かの話し声が聞こえてきた。

「なぁ、聞いたか?今日遠方に出ていた厩戸皇子(うまやどのみこ)が、急遽に斑鳩宮(いかるがのみや)に戻られたそうだ」

「何、そうなのか。まだ斑鳩宮は出来たばかりなのに、何もなければ良いが」

(え、厩戸皇子が斑鳩宮に?)

稚沙は少し動揺した。厩戸皇子は今日出先から、小墾田宮に直接くると聞いている。斑鳩宮で何かあったのだろうか。

「あ、すみません。斑鳩宮で何かあったんですか?」

稚沙は話をしていた男性2人に思わず声をかけた。

「いや、詳しいことは聞いてないね。出先で急に斑鳩宮に向かったので、何か急用でも出来たんじゃないかな?」

「そうですか……分かりました。ありがとうございます」

稚沙はそれを聞いて、その男性達に対して軽く頭を下げてお礼をいった。

(ここ小墾田宮には、何も連絡は来てないし、先程の男の人がいっていたように、何か用事が出来たのかもしれない)

稚沙も少し不安であるが、とりあえず今は厩戸皇子を信じて待つ外ない。

こうして彼女は、皇子との待ち合わせまで、仕事に打ち込むことにした。
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