a piece of cake〜君に恋をするのは何より簡単なこと〜
* * * *

 車が走る海岸線の道路から砂浜へと足を踏み入れる。あたりを見回すが、砂浜には子連れの親子、年配の夫婦らが数組いるだけ。今朝の男性はいなかった。

 ほっとしながらゆっくりと歩き出し、海のそばに腰を下ろした時だった。

「やっぱり来た」

 背後から声がして、那津は嫌な予感がしながら恐る恐る振り返る。案の定、周吾が満面の笑みで立っていた。

 那津は表情を曇らせ、大きなため息をついた。

「何なんですか……意味わからないんですけど……」

 この人がいないことを確認したはずなのに、どうしているのだろうか。

 すると周吾は後ろの方を指差す。

「俺の部屋、すぐそこなんだ。だから君が来たのが見えたから飛んできた」

 先ほどとは違うTシャツに着替え、ほんのりとボディソープの香りがする。

「……まさかとは思いますけど、これってナンパですか?」
「……俺そんなに軽そうに見える?」
「見える」

 周吾が隣に座ったが、那津はどこか諦めたように動こうとはしなかった。

「傷付いた女はちょろいとでも思いました?」
「あはは、やっぱり傷付いてるんだ」

 自分から墓穴を掘ったことに気付き、ため息をつきながら肩をすくめた。
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