かぐわしい夜窓
「いままでの歌うたいさま方は、珍しいものをお集めになったり、お慰めにと壁一面に絵を描かせたりなさっています。なにかありましたらご対応いたします」


わあ、と遠い目になった。全然思いつかなかった。


珍しいものは壊しそうでいらない。

壁に絵が描いてあるなんて、幼い頃にしたらしい落書きだらけの懐かしい元の家を思い出しそうで、もっと嫌。ホームシックになったら困る。


わたくしは別に、無欲というわけじゃない。


欲しいものはある。

ただの村娘に戻りたい。せめて名前を呼んでほしい。


「いえ、やはりなにも。たいへんよくしていただいています。ありがとうございます」


でもそれは、このひとに願っても詮ないことだ。にっこり笑ってお礼を言うのが常だった。


「わたくし、お花で手一杯なのです。おつとめの間はお世話ができません。動物は難しいと思います」

「世話係がお預かりしますよ」

「なにかあったら大事でしょう。わたくしの責任ではなく、その方の責任になってしまいます」


わたくしは怖がりなのだ。わたくしの手におさまるもの以外は持てない。


「花はいつか枯れるもの。自然に枯れるものなら、いつ枯れても、だれかがずっと見ていなくても、だれもなにも言われません」


それに。


「花は、好きです」


ですから十分なのです。
< 13 / 84 >

この作品をシェア

pagetop