かぐわしい夜窓
「巫女さま、夜には花をお持ちしましょうか」

「えっ」

「ただご挨拶に来てもつまらないでしょう。庭にひっそり咲くより、巫女さまのお部屋に飾られる方が花も嬉しいはずです」

「そうでしょうか」

「そうですとも」


力強くて優しい相槌。


歌まもりさまの声は、ただ話しているだけで、穏やかな旋律のように滑らかだなあと、のんびり思う。


「巫女さま、私はあなたに花をお持ちすることはできます。一輪でも、一株でも、一束でも。お部屋は、過ごしやすいようにお好きにしてくださってよいのですよ」

「この部屋は、殺風景でしょうか」

「必要なものはお揃いだと思います」


ずいぶんと至れり尽くせりだから、聞いたら答えてもらえるだろうかと考えたのは、甘えすぎらしい。

もっと可愛らしくした方がよいかと思っての質問は、さらりと流された。


「巫女さま。必需品も、贅沢品も、嗜好品も、お好きなものを置いてよいのです。ここはあなたさまのお部屋です」

「……ええ」


唇を噛む。


「わたくし。まだ、慣れなくて」


確かにここは、わたくしの部屋かもしれない。そう、わたくしの部屋だ。

でも、わたくしの家では、ないの。


生まれ育ったあの家を、その思い出を、一年で塗り替えられるほど、わたくしは聞き分けがよくない。


歌まもりさまは、「明日から花をお持ちします」と短く答えた。


それからは、毎夜訪れる歌まもりさまの挨拶と小さな花一輪が曜日を教え、庭師が手折った大きな花が週末を教えてくれるようになった。


「おやすみなさいませ」と言われるたび、夜が優しくなる。

窓際に花が増えていくたび、週末が楽しみになる。


それが、残っている年月の長さを和らげてくれた。
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