かぐわしい夜窓
一日、二日、一週間、一ヶ月、一年。お役目をこなす日々は、順調に進んでいた。


さて、今日はなにをしようかしら。


すっかり手慣れた丁寧な言葉遣いで考える。


歌うたいは遠出ができない。

祈りは決められた時間に決められた場所と所作、装いで行うもの。神殿から離れた場所に行ってしまうと、一日四度の祈りの時間に間に合わなくなる。


だから、わたくしの十年間は神殿で完結する。歌まもりさまの十年間も同じ。


わたくしたちは、遠出ができない。

幽閉されているような気分になるけれど、お役目なのだから仕方ない。


昼の祈りを終え、夕方になるまでの自由時間は、窓の向こうを見るのが好きだ。

とりどりに咲いた花が陽に明るく淡く見えるのが、いつもうつくしい。


窓辺に腰掛けながら、ぼんやり考えごとをすると、もやもやした何もかもがうつくしい景色に溶けていくようだった。


「お役目が終わったら、わたくし、遠出をしてみたいです」


後ろに控えていた歌まもりさまが、いいですね、と優しく相槌を打った。


「ぜひ、遠い遠いところへ出かけましょう」


とおい、が随分と強調されていて、思わず口の端から笑いがこぼれる。


真面目なこのひとは、優しい相槌を打つときだけ、ときおり砕けた言葉を紛れさせることがあった。


ほんの一部だけ、ほんの少しだけにじんだお茶目さに、いつも笑ってしまう。


真面目なひとが言う冗談は、どうしてこんなに穏やかで優しい面白さに満ちているのかしら。
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