かぐわしい夜窓
「どこかよいところをご存じですか?」

「私はあなたに海をお見せしたいですね」


即答だった。


私は海が好きです、でも、海がおすすめですでもなく、お見せしたいですね。


……なんというか、すごい言葉選びだなあ。


そうですねえ、なんて、少し考えるのかなと思っていたから、悩みもせずにするりと寄越された答えに、まばたきをする。


「海ですか。歌には聞いたことがありますが……」

「ずうっと向こうまで一面青いのです。静かで、眩しくて、きれいですよ」


歌まもりさまは海を見たことがあるのですね、と言いかけて一度口をつぐんだ。


ただのお仕事でお話してくれているひとに、余計な詮索はだめ。


代わりに、顔をにっこり笑顔につくって、子どもっぽすぎるくらいの歓声を上げる。


「わあ、聞くだけで楽しそう。ぜひ見てみたいです」

「晴れた日に行きましょう。海は晴れた日に凪いでいるときが一番きれいですから」


涼やかな目が、思い描くように伏せられる。


……歌まもりさま。あなたが前に行ったときは、晴れていましたか。どなたと、行ったのですか。
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