かぐわしい夜窓
ぐっと踏み締めた足を見て、一瞬、巫女が困ったように眉を下げた。


轟音と朗らかに当たり障りのない話をしながら、何度も部屋の隅に向けて視線を流す。やっぱり避けていてほしいらしい。


仕方がない。このまま、お互い静かに目でやりとりをしていても埒があかない。


……壁までだ。すぐそばの壁までなら下がってもいいだろう。向こうの隅は遠すぎる。


爪先の向きを変えてみたものの、特に反応がなかった。よし、動いても許されるらしい。


じりじりと寝台の反対側の壁まで下がる。


巫女がほっと息を吐こうとして、慌ててなんでもないみたいに息を逃した。


「わたくし、傷つけられたとは思っておりませんわ」

【なに】

「体調を崩した原因であるお花は、わたくしが育てたがったものです。よくない組み合わせを知らなかったのはわたくしで、わたくしが勝手に育てて勝手に喉を嗄らしたのであって、どなたかにわざと傷つけられたわけではありません」


とてもきれいなお花でしたわ、と巫女がうつくしく微笑んだ。


その落ち着きぶりは、対応に手慣れていることをうかがわせる。


「いくつか種類があるだとかで、わたくしの色を考えて選んでくださったのだそうです。爽やかで少し甘い、よい香りがして……目でも鼻でもわたくしを大いに慰めてくれましたわ。たいへんよい、ありがたいいただきものでした」


こちらは必死に息を殺しているのに、巫女は極々穏やかに会話していて、それが自分との身分差をまざまざと実感する。


ひとは、巫女を通して、神を見るのだ。
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