かぐわしい夜窓
「っ」


すみれ色の目に射抜かれて、胸が熱くて、頭が真っ白で、どうしたらいいかわからなかった。


「それは、その、歌うたいに選ばれたら、紫の包みが届くからですか」

「……はぐらかされてます?」

「いえ、だって、」


この後に及んではぐらかしてはいない。いないのだけれど、でも、そんなわけが。そんな都合のいいことが起こるわけがない。


現実逃避をしようとするこちらに言い含めるように、巫女さま、と呼ばれた。


低く、甘やかで、嗄れた声音。

折り目正しい距離を守ってきたこのひとには珍しい、熱をはらんだ音。


どうしてそんな呼び方をするのか考えて、やっぱり都合のいい理由を思い浮かべてしまって。


混乱している間に、歌まもりさまが一歩こちらに詰めた。少しだけ、距離が近くなる。


「あなたは金色がよくお似合いです。ほんとうにおきれいだ」


また一歩、近くなる。


「でも、私が選んだ色がいいと言われて、それが慰めになるなんて言われて」


近くなる。


「選んだ色を、身につけたいなんて」


ベッドのそば、先ほど座っていた椅子を越えた。


「その意味が、わからないとでもお思いですか」


一歩。


節度ある距離はすっかり縮まり、大きな体躯がもう目の前にある。


一歩ずつ確かめるように足を進めたのは、こちらが断れるようにするためだ。少しでも怯えたら、きっとやめてくれるつもりだった。


わたくしはこのひとの、そういうこまやかな配慮が好きなのだった。
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