かぐわしい夜窓
「いいえ」


よく考える前に、否定がこぼれ落ちる。


「いいえ。……あの、四年経っても、そばにいてくださるの、ですか」

「ええ。私などでもよろしければ」

「あなたがいい」


丁寧な口調が吹き飛んだ。はっとして言い直す。


ええと。


「一緒になるなら、あなたがいい、です」


ごめんなさい、うまく言葉が出なくて、と慌てると、歌まもりさまはやわらかく微笑んだ。


「かつてあなたさまは、ご自分をわたしと言っていましたね。あの頃も、うまく言葉が出なくてお困りだった。それを、可愛らしく思い出します」


うっ、ずるい。いまは可愛くないですか、なんていじけたことさえ言えない。


ええと、では。


「わたくしが二十五になったら、きっと歌まもりさまのお名前を教えてください」


わたくしは巫女。歌うたい。お役目の名前以外では呼ばれない。


このひとも同じく、歌まもり以外の名前では呼ばれない。

かつての同僚も、先輩も、上司と思われるひとも、この神殿に出入りする騎士たちはみな、このひとを歌まもりと呼ぶ。


お役目が終わったら、普通のひとに戻ったら、その証に、教えてもらった名前であなたを呼びたい。


堂々と、大手を振って、だれに遠慮することもなく、あなたに好きですと伝えたい。


「ええ。きっとお教えします」


でも、その前に。


「次は必ずお守りします。いえ、同じことは起こさせません」

「みなで気をつけてまいりましょう。まず手始めに、お花の本を取り寄せませんか?」

「はい」


それから、お花の勉強が始まった。


夜、持ってきてもらったお花を窓辺に飾る。


月明かりに照らされたそれを見ながら一緒に勉強する時間は、花売りになりたいと思っていたわたくしには、嬉しいものだった。
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