かぐわしい夜窓
うそ。


夢を見逃した? 忘れた?


そうだ、まだ目が覚めていないんだわ。ここは夢のなか、だからお告げがないのよ。うそ、うそ、うそ——


「珍しくお寝坊ですね、歌うたいさま。おはようございます、よい朝ですよ」


からかうような軽やかで穏やかな世話係の声は、聞こえないふりをした。

母のような年齢の彼女の、十年間お世話になって慣れ親しんだ声が、いまだけ耳につく。


大丈夫、まだ夢うつつ、起きていないわ。大丈夫、大丈夫。


「歌うたいさま、歌うたいさま。朝にございますよ」


悪気なく繰り返す声に、起きないわけにはいかなかった。無理矢理笑顔を作る。


「おはよう、よい朝ね」

「はい、おはようございます」

「……朝餉の前に、歌まもりさまをお呼びして」


はい、と返事をした世話係が、なにも言わずに部屋を出た。


いくら歌まもりさまとはいえ、支度もしないで呼ぶなど初めてのこと。


きっとお告げがあったと勘違いしているのね。急いで呼んできてくれるのでしょう。


申し訳なさがひたひた喉を迫り上げる。


起きたばかりでひどい顔をしているに違いないけれど、相談しなければ。


これはわたくしひとりのことではないのだもの。わたくしたち、ひいてはこの国の未来がかかっているのだもの。


泣きそうに震える体を叱咤して、じっと歌まもりさまを待つ。


じりじりと長く感じられた数分後、控えめなノックが響いた。
< 52 / 84 >

この作品をシェア

pagetop