かぐわしい夜窓
忘れたのか、そもそもお告げがなかったのか、定かでないことが問題だ。


いままでは、その代の巫女の誕生日が過ぎたら、きちんとお告げがあった。

その内容も、巫女がきちんと伝えていた。


だから、お告げがないかもしれないとか、忘れる巫女がいるかもしれないとかなんて、だれも思いもしなかった。


そんな愚かな可能性は、わたしの番になるまで、万に一つもなかったのだ。


「どう、どうしたら、どうしたらいいのでしょう。みなお告げがあるものと、準備ももうすっかりしてあるのに、こんな前例は聞いたことがありません」


嗄れて引きつれる声を、必死に絞り出す。


「……わたし、だめな巫女ですか」


ばかな問いかけだった。


わかっていて、それでもこぼれ落ちた。だめな巫女でしたか、とは聞けなかった。


「いいえ」


歌まもりさまは優しい。即答は短く、穏やかだった。


「わたし、なにか、力不足で、おつとめができていなかったのでしょうか」

「いいえ、あなたさまのお力は確かです。あなたさまが着任されてから、わが国の守りは揺るぎません」

「では、ではなぜ、」

「巫女さま」

「わたし、」

「巫女さま。ご体調が優れないご様子。おやすみなさいませ」

「いいえ、おつとめをしなければ。こんなときこそしなければ。わたしは巫女ですもの。この国を守るが役目」

「いいえ、おやすみください」


歌まもりさまは頑として引かなかった。大人として、こちらを尊重してくれる歌まもりさまに珍しい頑なさだった。


思わず涙で濡れた視界を上げる。
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