かぐわしい夜窓
「歌うたいさま、失礼を承知で申し上げます」

「っ」


呼び名ひとつで、言い募ろうとしたのを止められた。


歌まもりさまは、普通、わたしを巫女さまと呼ぶ。歌うたいと言うときは、よほど、そう呼ばなければいけないなにかがあったとき。


「ご自分を『わたし』とおっしゃっていることに、お気づきですか」

「……いい、え。教えてくださって、ありがとうございます」


しんと冷えた指を、きつく握る。


この生真面目なひとに、そんな指摘をさせてしまった自分の至らなさが、ひどく不甲斐なかった。


このひとは、わたしが、わたくしと言えるようになるまで見てきた。


わたくしが、村娘のときを知っている。元の低い身分を気にしていることを、知っている。


一人称を指摘しては、きっとわたくしを傷つけるだろうと考えてくれたに違いない。


それでも言わなければいけないと思ったのだ。この生真面目なひとが、相手を傷つけることを言おうと思うほど、わたくしはいま、周りが見えていないのだ。


……確かにわたくしは、やすむべきだわ。
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