かぐわしい夜窓
歌まもりさまは、言葉通り、うまく説明してくれたらしい。

交代の儀式ができていないのに、表面上は、前と変わらず穏やかに巫女として過ごせるようになった。


もうすっかり覚えた祈りの歌を、ひとつひとつ、改めて譜読みしてみる。

大丈夫だと思いたかったけれど、なにか勘違いをしたのかも、なにかしてしまったのかもって不安が拭えなかった。


国境の陣はきちんと展開しているそうだから、お役目は果たせている。


巫女としての力を失ってはいない。

つまり神はお怒りではない。ではなぜ。


個人的なことで神にお伺いを立てるのは、たいへんな不敬だ。神の御意志を疑うのと同義だから。


どうしてか聞いたら、きっとあの神さまは答えてくれる。それだけ大事にされている自覚はある。


でも、だからこそ、あの神さまにまではっきり悪様に言われたら、この十年間がなんだったのかわからなくなってしまいそうだった。


不敬を犯して悲しいことを聞き出して、そうして不敬ゆえに加護を失えば、わたくしの巫女としての立場は地に落ちる。そんなの、怖くて、聞けない。


手も足も涙も出ないまま、ぐるぐると渦を巻く思考を、どうにもできない。


「わたくし、よい夢を見ていたのだと思います」


おつとめをするべく移動していて、ぽろりとこぼれた呟きに、足音が止まった。


そっと後ろを振り返る。


よい夢を見ていた。あなたが迎えに来てくれたあのときから、長い間、ずっと。
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