かぐわしい夜窓
歌まもりさまが、今日も明かりを消しにやってくる。その手には、かぐわしい白い花。


「わたくし、このお花を見たことがあります。随分前に、……そう、引き継ぎをしたときに」


覚えておいででしたか、と微笑みながら、歌まもりさまが窓辺に近づく。その顔が月明かりに薄暗く照らされて、うつくしいすみれ色がきらめいた。


「庭師に勧めてもらいました。十年に一度咲くのだそうですよ」

「……十年に、一度」

「ええ。以前引き継ぎをしたときとは別の株だそうですが、ほんとうに珍しい花ですから、ぜひあなたさまの窓辺にと申しておりました」


他のひとたちと同じく、庭師はわたくしを歌うたいさまと呼ぶ。いまだそう呼んでくれる。

それをわざわざあなたさまと言い換えてくれたのは、歌まもりさまの優しさだろう。


十年。


随分と長い時間だわ、と思った。

つられて、まだ十年とはいかずとも、このひとに随分と長い時間を一緒に過ごしてもらったのだわ、と思った。


そうして。わたくしたちはふたりとも、その長い時間がいつ終わるか、わからずにいる。
< 63 / 84 >

この作品をシェア

pagetop