かぐわしい夜窓
「本日は、騒がしい者がおりまして、大変失礼いたしました」


巡礼先の司祭が頭を下げる。白いものが混じったつむじが、深く垂れた。


いいえ、と否定も肯定もできなくて、代わりに驚いてみせる。


「司祭さま、わたくしを信じてくださるのですか」

「私は神を信じています。神がお選びになったあなたさまを疑うはずがございません」


根拠を神に置いた言葉が、ちくりと胸を刺す。


……当たり前だわ。わたくしは、この方にとって、ただの巫女。


いいえ、もっと悪い。


力をいつ失うか知れぬ娘。かつてもいまも、ただの村娘。

神のお怒りに触れてはならぬと放っておかれているだけ。


歌うたいがひとりだけのものでなかったら、わたくしはきっと、早々についえていたでしょう。


『私はあなたを信じています。あなたのお力を信じています』


歌まもりさまの言葉を思い出す。わたくしの役職ではなく、わたくし自身に向いた言葉は、心の奥底にいつでも根づいている。


慣れた神殿に帰ってからも、巡礼先の不手際を随分と周囲が怒ってくれて、わたくしは言うことが思いつかないほどだった。


「あなたはよく、ご自分をただの村娘とおっしゃる。謙虚でいらっしゃるのは、大変素晴らしいことです」


ですが、と歌まもりさまが声を低くした。


「あなたは、初めからよく磨かれたお方でした」

「っ」


たとえ村娘でも、その者の本質は、初めから備わっているもの。

出自と環境は選べずとも、自身の努力によって、勝ち得るもの。


「あなたは、たしかにお役目によって変わられた。それは私が見てきました。ですが、幼いあなたが、無作法で物知らずな人となりだったとは思いません」


私はお役目を、ずっと誇りに思っています。


「あなたの歌は、あのときも、いまも、変わらずうつくしく祈りに満ちていらっしゃる」


歌まもりのすみれ色が、まぶしかった。
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