これはきっと、恋じゃない。
「……今日、会議の日じゃないけど」
「なんですけど、ちょっと来てみたら電気がついてたので!」
「そっか」
最初こそぎょっとしたけれど、水野さんはとても良い子だった。きちんと仕事はするし、色々考えてくれてるのがわかる。
「なにかやれることとかありますか?」
「んー……、いまはないかなぁ」
「じゃあお話していいですか!」
正直、いまは水野さんの話を聞くよりも報告書の方を仕上げたかった。でも、黙って一人でやるよりはいいかな、と思ってうなずく。
「セレピ、単独コンサート決まったんです! しかもアリーナ!」
「……へぇ、そうなんだ」
単独コンサート。また、王子くんは一歩進んだ。自分のなりたい夢を叶えるために。
ほんと、すごいなぁ。
「水野さん、行かないの?」
「いやー、チケット当たらないんですよ」
「そうなの?」
「日程が少ないし、応募者多いから当たらないんです」
知らないことばかりだなぁ。
全然詳しくないから、仕組みとかもよくわからない。
報告書を書き終えて、プリンターにデータを飛ばして立ち上がる。
「ごめん、ちょっと印刷して提出してくるね」
「はい!」
生徒会室から出て、一つ下の階に降りる。踊り場にある鏡が目に入って、ふいに4月、2年生になりたてのころに王子くんとこの場所を歩いたことを思い出す。
立ち止まる。
たしか、王子くんはずいぶんと背が高くて。
鏡越しに、あの日のわたしたちがよみがえる。
そうか、単独コンサートか。
「……すごいなぁ」
相変わらず遠くにいる。
席は隣で、時々話したりメッセージのやりとりもしたりする。
それでも、王子遥灯という人はとても遠い場所にいる。遥か遠くに見える背中は、霞んで見えないくらい。
報告書を印刷して、そのまま佐藤先生の元に向かう。
「失礼しまーす」
「お、どした」
「報告書です」
佐藤先生に渡すと、その場で読まれる。先生の視線が動いているのを見て、緊張する。うまく書けてるかな。
「ん、いいね。さすが会長」
「はい」
「どう? 会長の仕事は」
どうって、不安でしかない。
「不安です。……わたしは森山先輩みたいにうまくできないだろうし」
沢山いる生徒の前で、話せるのかな。
卒業式、入学式。それだけじゃなくて、学園祭も音楽祭も、それ以外も。会長というのは、人前に多く立つ。
それに、準備の指揮とか、色々。
ざわざわと押し寄せる不安。ほんとうに、わたしでいいの?
もっとふさわしいひとが、他にいるんじゃないの?
「まあ、誰だって最初からうまくはいかないさ」
「……はい」