これはきっと、恋じゃない。


「――なんで、こんなとこに」
「今度ね、ここで映画を撮影することになって」

 声は記憶の中の王子くんよりも、少しだけ低くなったような気がした。顔はあどけなさが消えてぐんと大人っぽくなった。

「……高校生役の主演映画?」
「そう。よく知ってるね、この間解禁されたばかりなのに」

 梨花ちゃんから聞いていてよかった。

「……逢沢さんは、先生?」
「うん、保健室の先生。……この4月で2年目で」
「そっか」

 廊下で話すのも、となってわたしは保健室に招いた。今日だけは、この時間だけはどうか誰も来ないで。

 バレたら終わりだ。生徒にも先生にも。さすがに今度は前回みたいなことじゃ済まされない。

「そうだ、デビューおめでとう。……って、だいぶ遅いけど」
「ううん、ありがとう」

 なにを話そう。話したいことも色々あったはずなのに、会えた喜びの方が大きくてぜんぶ消えてしまった。

「王子くんは、夢を叶えたね」

 ……だから結局、ありきたりな話しかできなかった。

「うん」
「わたしね、デビュー発表のとき見てたんだ」
「え?」
「コンサート、行ってたの」

 記憶の彼方にあるけれど、それはすぐに引き出せるほど近くにあった。あのときの光景を、きっとわたしはこの先も忘れないのだろうと思う。
 
 揺れるほど大きな歓声のなか、4人が泣き崩れて立てなくなるほどのなか、一滴も涙を見せなかった王子くん。

 デビューすること。それがお兄さんとの約束だったと知ったのは、ついこの間。2人で同じ夢を追いかけていた。

「あと、ドキュメンタリーも見た。……王子くんがどんな覚悟でアイドルしてきたのか、この間初めて知った」
「……知らなくていいんだよ、そんなこと」
「わ、いまのアイドルっぽい」
「アイドルだからね」

 茶化すと王子くんは笑った。
 懐かしい。こうしてお互い、軽口を叩き合いながらいろんな話をした。

 お互い口にはしないけど、あのことがあってからわたしたちの関係は変わった。あいさつ程度しかしなくなって、でもいきなり大きく距離を離すと、あの写真のことで疑われてしまう。特に相談したわけじゃないけど、お互いがお互いを守るためにそうやってきた。

 遠い日を追憶しながら外をのんびりと眺めていたときだった。

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