これはきっと、恋じゃない。
「――逢沢さん」
硬い声で、王子くんに名前を呼ばれる。そんなことさえ、懐かしくて鳥肌が立つ。
「なに?」
明るい声音でそう振り返れば、まじめな顔をした王子くんがいた。
「……好きだったよ。俺も」
なにを言っているのか、よくわからなかった。
「え……?」
「――俺はあのとき、逢沢さんのことが好きだった」
暖かい日差しが王子くんの横顔を照らす。
心臓が早鐘を打つ。頭の中で、王子くんが発した言葉を反すうする。
好きだった。逢沢さんのことが好きだった――?
本当に、王子くんはいまそう言ったの?
信じられなくて、麗かな日差しが照らし出す顔をじっと見つめた。――そこにいるのは、高校生の王子くんだった。
だからそのときだけは、わたしも高校生に戻れた。
あのとき言えなかったことも、抑え込んだあの気持ちも、――これは恋じゃないと言い聞かせたことだって、いまなら言える気がした。
「……わたしも、好きだった」
そう言った声は掠れていた。
あの日の言葉を、やっぱり王子くんは知っていたのだ。知っていながら、なにも言わなかった。
わたしはそれを咎めることはできない。
だってそれが、正しいから。
アイドルは恋愛をしない。それは暗黙の了解だから。
「……うん」
王子くんはそう言うと、ゆっくりと笑顔になっていった。でも、なにもない。
久しぶりに再会しても、なにも起きたりしない。
そのとき、王子くんのスマホが鳴った。
「ちょっとごめん。……はい、なに? 林さん」
……林さん。やっぱり変わってないんだ。
「……ああ、うん。すぐ行きます」
短くそう言うと、王子くんは電話を切った。そして制服のポケットのなかにスマホを滑らせた。
「じゃあ……もう行くね」
うん、とうなずく。
なにもない。
久しぶりに再会して、あの時言えなかった気持ちを伝えても、これで終わり。
……それでいい。それが、正しい。
「久しぶりに話せて楽しかった。撮影、がんばってね」
「俺も。逢沢さん、保健室の先生めちゃくちゃ似合うよ」
「ありがとう」
じゃあ、と王子くんは引き戸を引いた。そして保健室を出て行く。明確に線引きをされるみたいに、扉が閉まった。
――それは、二度目の別れだった。