これはきっと、恋じゃない。


 亜子ちゃんと別れて、わたしは佐藤先生から受け取った生徒会室の鍵を指に通して振り回しながら、廊下を歩く。

 生徒会室は、一番使われない共用棟の最上階にある。ほとんど人が立ち入らないから、騒いでもバレないのがいい。

 生徒会っていうとお堅いイメージを持たれがちだけど、実際のところはそんなことない。みんな仲良しでよく騒ぎまくってるから、様子を見に来た佐藤先生に引かれることもしばしばあるのだ。

 廊下の開放的な大きな窓からは、青空が覗いている。春らしく、気持ちいい陽気がこぼれていた。

「あ、逢沢さん」
「篠原先生!」

 鼻歌混じりに歩いていると、篠原先生と会った。篠原先生は1年生のころの現代社会の先生で、生徒会室から篠原先生たちのいる社会科教官室が近かったから、よく話していた。

「そうだ、今年って先生の授業ありますか?」
「んー、どうかなぁ」

 うわ、絶対もう知ってるのにはぐらかされた。

「入学式の準備?」
「いえ、佐藤先生からの頼まれ事です。わたし、これでも一応副会長だし」
「お、たくましいね!」

 実は遅刻したペナルティなんです、なんてとてもじゃないが言えない。いい子ぶっておくことにした。

「じゃあがんばってね――あ」
「えっ、なんですか」
「あー……まあ、逢沢さんなら大丈夫か」
「はい?」

 篠原先生の要領を得ない言葉に、わたしは首を傾げる。

 わたしなら大丈夫? なにが?

「あの、なんか練習してたからあんま近づかないほうがいいかなーとは思うけど、仕方ないもんね、佐藤先生からの頼まれ事だし」
「は、はぁ……?」
「それじゃ、がんばって」

 篠原先生はそう言うと、ひらひら手を振って歩き始めてしまった。いったい、なんの話なのだろう。

< 16 / 127 >

この作品をシェア

pagetop