これはきっと、恋じゃない。
「あ――!」
突風が吹き荒れた。その風に煽られて、腕の中に抱えていたプリントたちが、まるで意志を持ったかのように舞い始める。
「わっ、まって!」
飛んでいくプリントを掴もうにも、他のものを持っているせいで思うように動けない。どうしよう、そう思ったときだった。
「動かないで!」
その声が聞こえたと同時に、風が止んだ。そして舞っていたプリントたちは、力を失ったようにひらひらと落下を始める。
「ごめんね!」
パタパタと足音が近づいてくる。その人は、足元にしゃがみ込むと、床に散らばったプリントたちをひとつずつ丁寧に拾い集めてくれた。
それは、王子くんだった。
「お、王子くん……」
名前を呼ぶと、少し上目遣いで見上げられる。
王子くんは困ったように少し笑うと、拾い集めたプリントを今朝のスマホと同じように、ホコリを払ってからわたしに差し出してくれた。
「ごめんね、急に窓開けて」
「ううん、わたしが見てたのも悪いから……」
……なんかデジャヴだ。
王子くんも同じことを思ったのか、「ふふっ」と吹き出した。
「なんか、俺たち朝もこのやりとりしたよね」
「した……ね」
「えっと、……あ、俺は王子遥灯って言います」
「うん、知ってます。……わたしは、逢沢千世です」
「逢沢さん。……知ってくれてたの? 俺のこと」
「あーっと、友達から教わって」
そう言った途端に少しだけ王子くんがしょんぼりしたように見えた。仔犬みたいでかわいい。でも、正直に言うことじゃなかった。
「まだまだだね、俺たちも」
「いや! あのほんと、わたしがそういうのに疎いだけだから」
「そうなの?」
「……そうなの」
もう少し詳しかったら良かった。今この時だけはそう思った。
「あ、じゃあ……拾ってくれてありがとう。わたしそろそろ行くね」
「半分貸して」
「え!?」
驚くわたしをよそに、王子くんは腕の中からひょいと資料の半分……いや、3分の2くらいを持ち上げた。
「いや、いいよ!」
「いいから。行こ」
そう言うと、王子くんはすたすたと歩き始めてしまった。途中で思い出したかのように、ガラスの向こうに向かってふらふら手を振ってる。
……もうわたしが引き下がるしかない。
「……じゃあ、お願いします」
「はい」
王子くんはにこりと笑った。その笑顔はとても綺麗な王子様のようで、少しだけドキッとした。