これはきっと、恋じゃない。


「気まずい」

 ……気まずい。
 非常に、気まずい。

 図書館の本の匂いが濃い空気を吸った瞬間、昨日のことがありありとよみがえってきてしまう。

 ど、どうしよう。
 果たしてわたしは、王子くんといつも通りに話せるのだろうか。

「……の前に、謝らなきゃな」

 どうやって謝る?
 昨日は、ごめんなさい。

 ……でも、それって掘り返すみたいだよなぁ。
ぐるぐると頭を回転させて、テーブルをじっと見つめていると、ふいに影が落ちた。

「逢沢さん早くない?」

 その声に顔を上げる。
 王子くんが、目の前にいた。

 こ、心の準備!

 王子くんは、少し息が上がっているようで、前髪は散らばっていた。……あれ、まだホームルーム終わってちょっとしか経ってないのに。

「……もしかして、走ったの?」
「え、うん」
「なんで? 急がなくてもよかったのに」
「でも、昨日結構待たせたし」

 ……昨日。
 会話がなくなる。しんとした空気が流れた。


「「――昨日はごめん!」」


 ……え?
 ハモった。

「え、あの」
「えっと」

 予想外の展開に、ドギマギしてしまう。
 わたしはともかく、王子くんはなんで謝るの?

「俺からで、いい?」
「あ、うん……」

 王子くんはわたしの前に座ると、ガバッと頭を下げた。

「昨日、ほんとにごめん! 俺、逢沢さんの気持ち考えてなかった。いきなりあんなことされたら、そりゃ怖いよね」

 ……あれ。
 なんか、ちがう。
 わたしは別に、それは謝ってほしいなんて、思ってない。

「王子くん、顔上げて」
「でも」
「昨日のは、9割……10割? わたしが悪かった」

 だって、勝手に逃げたんだもん。しかも、自分から誘っておいて。

「だから本当にごめんなさい」
「……俺も、ごめん」
「もう、謝るのはやめましょう」
「は……はい」

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