これはきっと、恋じゃない。
「……俺はね、逢沢さんが思ってるより、すごくないんだよ」
「王子くんがすごくなかったら、わたしはなんになるの」
笑いながら言ってみる。でも本当は少しも面白くなんてなかった。
そんなことを言われたら。わたしなんて、存在意味がないような気がしてくる。
「……歌もダンスも下手なんだ。足を引っ張ってるところ、たくさんある」
「そうかな」
「そうだよ。振り付け覚えるのも遅いし、そのせいで何度もみんなのチャンスを奪ってきた」
静かな図書館には、王子くんの声と、ボールペンが紙を走る音だけが響く。
「……でも練習してたじゃん。王子くんは、努力してる」
お昼休み、他の男子みたいに友達と騒ぐこともせず、すぐにあそこで踊っていた。あの努力はたしかに実を結んでいる。テレビで少しだけしかし見ていないわたしにはわからなかったけれど、他のファンはみんな知っていた、わかっていた。
「努力は、……必ずしも報われるものではないんだよ」
その声質があまりにも硬く、抑揚のないものだった。だから顔を上げると、そこにいる王子くんの表情がじっとなにかの痛みに耐えるような辛そうなものに見えて、頭を殴られたような衝撃が走った。
目は合わなかった。
窓の外を見ているように見えるけれど、きっと王子くんはもっと違う遠いところを見ている。……わたしには見えない、ここではないどこかを。
「努力が必ず報われるものだとしたら、みんなプロになってた、デビューできてた。でも、そうはならない先輩たちも同期もたくさん見てきたんだ」
ずるいな。
そんなこと言われたら、なにも知らないわたしはなにも言えなくなってしまう。
「なにやってるんだろうって思うし、今も思ってる。やった努力全部が報われるわけじゃないのに、アイドルなんか目指してどうしたいんだろって」
――それでも、なりたいから頑張るんじゃないのかな。
わたしはなにも知らない。王子くんがなんでがんばるのか、なんでアイドルになりたいのか。……なんでデビューしたいのか。
なにも知らない。
でも。
「……報われるって信じるのは、だめなのかな」
「え……?」
少なくとも、わたしはいままでそうしてきた。
それが正しいと信じて。その方法しか知らなくて。
「報われると信じて努力するしか、方法はないと思う。……王子くんにとっては、余計なお世話かもしれないけれど」
書きかけのルーズリーフに視線を戻す。続きを書いていく。
「……すごいね、逢沢さん」
「だから、すごくないって」
「変な話してごめんね」
「いいよ。アイドルの王子遥灯がなにを考えてるか知れたわけだし」
「オフレコで」
「あはは、言わないよ」
言うわけない。
そんな、自分の中でも、核心部分にかなり近いことを。