これはきっと、恋じゃない。
「ざっと書いてみたけど、こんな感じ?」
完成した設計図を見せてみる。王子くんは一通り読むと、うなずいた。
「ありがとう、綺麗にまとまってると思う」
「ほんと? じゃあ、前半は王子くんが作ってくれる?」
「わかった」
荷物を片付けながら、腕時計を見る。いつのまにか時間はかなり経っていた。窓の外の向こうは、夜闇の帷が降り始めている。
「今日はなにもなかったの?」
「いや、夜からレッスンがある」
「そっか、がんばってね。これも無理しなくていいから、体調優先にして」
「うん。逢沢さん、優しいね」
そう穏やかに笑う顔を見ると、少しドキッとした。
……あぶないあぶない。
「これ、写真撮ってもいい?」
「あ、うん」
カシャっと、静かな図書館には似つかわしくないシャッター音が響き渡った。
「じゃあ、帰ろっか」
「あ、まって!」
なんだろ。
そう思っていると、王子くんのスマホが差し出される。
「連絡先、交換しよう」
「……え、なんで?」
「なんでって、資料送ることもあるから、知ってる方がやりやすいと思うんだけど」
「あ、……ああ」
そうか。
……言われてみれば、そうだ。
思いつきもしなかった。連絡先の交換なんて、すっかり頭の中から抜け落ちていた。
別に知らなくても困らない、と思っていたけど、たしかに困る。現にわたしは、今までなかなか王子くんと話せなくて困っていたんだから。
……他の人にばれたらめんどくさそうだな。
抜け駆けとか言われるのかな。わたしなんかが、アイドルの連絡先知って。
「スマホ貸して」
「うん」
王子くんはわたしのスマホを少し操作したあと、「よし」と呟いて渡される。
「はい」
少しあどけない表情で楽しそうに笑っている。
返されたスマホを見てみれば、トークルームにうさぎのスタンプがひとつ送られてきていた。よく見れば、王子くんのアイコンもうさぎだ。
「うさぎ、飼ってるの?」
「うん。シャルルっていうんだ」
「なかなか高尚な名前だね」
そう言うと、王子くんは勢いよく吹き出した。
「え、なに」
「ごめん、そんなこと言われるのはじめてで!」
ツボに入ってしまったようで、王子くんはアハハと大きな声で笑った。……笑い声がでかくて、うるさい。
「そんなに笑われると思わなかったんだけど」
「ごめんごめん……っはは」
放っておくことにした。そうやって、いつまでも笑っとけばいい。
「じゃあ、先行くね。一緒だと誤解されそうだし」
「うん、ありがとう」
「また、明日……?」
で、合ってるのかな。
自信がなくて、語尾が少しずつ小さくなる。
「明日! ばいばい!」
王子くんはにっこりと笑うと、手を振ってくれた。
その笑顔を見ると、じんわりと胸の辺りがあたたかくなるのを感じた。