これはきっと、恋じゃない。
3.遥けき灯の向こうへ①
「どうしようこたくん! ハルちゃんが勉強してる」
「待って待って、それはさすがに馬鹿にしすぎ」
その言葉に、遥灯は思わず手を止めてタブレットから顔を上げた。
目の前であぐらをかいて座る一佳は口元に笑みを浮かべたまま、ミネラルウォーターのペットボトルを勢いよくあおる。
遠山一佳(とおやまいちか)は、最近20歳になったばかりだった。3つ歳上で事務所に入ったのも遥灯より2年早く、幼い頃からダンススクールに通っていたためグループの中で一番ダンスがうまい。
「いっちー、邪魔しなさんな。高校生の本分は勉強。素晴らしいじゃないの」
振り付けを確認していた辰巳琥太朗(たつみこたろう)が、振り返りながら叫ぶ。グループ最年長、22歳大学4年生の趣味は筋トレで、この間作った衣装が合わなくなって衣装さんに怒られていたのを、遥灯はこっそり見ていた。
はぁ、と遥灯はため息を吐く。
うるさいな。スタジオで課題をやろうとしたのが間違いだったかもしれない。それでもやらないと終わらないから手を動かす。
「あっ、ハルちゃんてばいまうるさいと思ったでしょ」
「思ってる思ってる」
「おい!」
正直、いま構ってる暇ないんだけど。
逢沢さんの迷惑にならないように、締め切りまでに仕上げなきゃいけない。なのに、発表資料はまだほとんどできていない。
仕事を言い訳にするわけじゃない。でも、最近夜遅くまでレッスンがあって、時間がとれていなかった。
発表は明後日の午前。資料の結合とか色々あるから、明日の夜までに欲しいと言われている。
スマホで逢沢さんが書いてくれた図面の写真を見ながら、タブレットで作っていく。文字を入力して、フォントをいじる。
「で、なにやってんの?」
「課題」
「へぇ、イマドキの高校生はタブレットで課題やるんだねぇ」
琥太朗がタブレットを覗き込みながら隣に座る。ハードなダンスレッスンだったというのに、嫌な匂いはひとつもせずに爽やかな匂いが漂ってくる。