これはきっと、恋じゃない。
「それ、山田先生のでしょ」
「……うん」
いつのまにか制服に着替えた晶と智成の声が、上から降りかかる。2人は一つ歳上だけど同期だから、なにかとずっと一緒にいる機会が多い。
「大変だよな、これ」
「でもペアの子がちゃんとしてくれてるから、そうでもない」
「ああ、あの子?」
「なに、知ってる子なの? 晶も」
「この間ね。ダンスの練習してたらちょっと来たから」
「へぇ」
「どんな子? かわいいの?」
琥太郎が不躾な質問をしてくるのを、うるさいという意味を込めて遥灯は軽く睨む。それでも悪びれる様子なく、口元には笑みが浮かんでいる。
「……うるさい」
「つれないなぁ、遥灯ってば」
「かわいらしい子だったよ。あと、あの子生徒会の副会長だよね」
晶のその言葉に、思わず顔を上げた。
「え、なに」
「……別に」
なんで知ってんの、と言いかけた言葉を飲み込んだ。……そりゃ知ってるでしょ、副会長なんてたくさん人の前に立つだろうし。
逆に知らない俺のほうが、おかしい。
「遥灯、お前変なことすんなよ」
智成が少しだけ尖った声で言った。
なにを心配しているのか。そんなこと、わざわざ言わなくたってわかっている。
「……するわけないじゃん」
いまのこの大事な時期に、俺がなにかすると思うの?
信頼されていないみたいで腹が立つ。さすがにそれくらいわかってるから。心の中でまくしたてて、口にしたくなる衝動をそれでもじっと抑えて手を動かす。
掴みかけたチャンス。ファンの人たちからの期待。それを破ることなんて、するわけ――。
そのとき、図書館での出来事が頭をよぎった。
……違う。あれは、不可抗力だ。
もし見つかってたら、集中砲火を浴びるのは逢沢さんだ。たとえ本人にその気がなくても、周りがやりかねない。
「そんなこと……しない」
もう二度としないという戒めも込めて、返事をする。
逢沢さんは、ただのクラスメイト。
ただの、ペアワークの相手。
ただそれだけだ。
「あ、そうだ。遥灯、明後日のロケさ」
「――え、明後日?」
「ほら、植物園に行くやつ」
「……なにそれ、聞いてない」
明後日?
明後日は、この発表がある日なのに。
「うそ、……ねぇ、林さん」
心臓が早くなっていく。智成がマネージャーを呼ぶ声が少し遠い。
明後日に仕事? そんなの、聞いてない。
「ごめん遥灯くん! 言い忘れてた!」
「は……?」
でも、行けない。行けるわけがない。
ただでさえ、学校に行けてなくて迷惑かけたのに。今だってなかなか資料作るのが進んでないのに。
発表の日まで休むなんて、俺はいったいどれだけ迷惑をかければいいんだ。
「……それ、俺遅刻してもいいですか?」
やっとのことで絞り出した声は、すこし掠れていた。