これはきっと、恋じゃない。
笑みを浮かべたまま軽く会釈すると、その男の子は身を翻して、学校へと続く道を良い姿勢で歩いて行く。
……あんな子、いたっけ。
入学式は明日だ。ということは1年生ではない。じゃあ2年生か3年生?
でも、同じ学年にあんな子はいない気がする。
だいたい、あんなに綺麗でかっこいい子がいたら、すでに学院中で噂になっているはずだ。同じ学年でサッカー部の瀧山くんという男の子は、整った顔立ちと精悍さでかっこいいと話題だし、3年生にいるというアイドル練習生の2人組も、その一挙一動がいつも取り沙汰されている。
わたしはまた学校に向かって歩き始める。男の子は背が高く足も長いからか、ずいぶんと先を歩いてるようで、姿は雑踏にまぎれてもう見えない。
……あの人が笑った顔が、頭の中を埋め尽くす。
笑顔はもちろんかっこよかった。とても綺麗な笑顔で、王子様みたいな。アイドルとか俳優みたいな。でも、ひとつだけ違和感があった。
……そう、なんとなく作り笑いみたいな、目が笑っていないというか。
――ニセモノ、みたいな。
「……ちがう」
思わず立ち止まる。
そのときなぜかあのドラマを思い出した。女の子に向かって、慣れない笑顔を浮かべた男の子。石田くんの笑顔。それは、女の子に向け慣れていないだけだったけど、あの男の子はちがう。
――無理した、笑顔だ。
うまく笑う方法を忘れてしまったかのたような、そんな感じの。
瞬間、応えるように風が吹いた。少しむっとした自然の匂いが脇を通り過ぎていく。
……考えすぎか、さすがに。
勝手な憶測は、あの人に失礼だ。
2、3度頭(かぶり)を振って、わたしはまた歩き出す。早く行かないと、2時間目にも間に合わなくなってしまう。