これはきっと、恋じゃない。


「そんなことより! 千世をセレピの沼に入れてあげるよ」

 いつのまにか番組は終わっていた。お姉ちゃんはテーブルからリモコンを手に取ると、動画サイトのアプリを開く。

「とりあえず歌ってるとこかな」

 そう言うなり、やたらとキラキラした感じの音楽が流れ始めた。

 ステージ真ん中に立つのは王子くん。いつごろのなんだろうか、髪型は短めで前髪を上げていていつもと違う。
 白を基調とした詰襟みたいな衣装には、金の装飾があってそれが照明を浴びてキラキラ光る。

『頭の中で 鐘が鳴り響いた』

 王子くんが優しい声で歌ったそのフレーズを聞いて、鳥肌が立つ。

『キミは運命』

 にこりと笑う、その笑顔は。
 初めて見た、美しいとさえ思うような笑顔だった。

 キレのあるダンスと、柔らかい身体。カメラを見て離さない、明るい笑顔とキラキラの瞳。踊るたび、王子くんが軽やかにステップを踏むたびに、赤と白のマントがひらひら揺れる。

 心臓がドキドキする。知らないうちに、ため息が漏れていく。
 他のメンバーに目がいかない。王子くんしか視界に入らない。

「まだデビュー前だからオリ曲少ないんだけど、これでデビューしてほしいくらい、最高傑作だと思う」
「……うん」

 最高傑作か。
 たしかに、その通りだと思う。これほどまで、ぴったりの曲はなかなかない。

 そりゃあ、練習生の中で一番歓声が大きいわけだし、下級生も告白したくなってしまう。

「どう?」
「……かっこよかった」
「いぇーい千世セレピ沼に落ちたー」

 どうしよう。
 心臓がドキドキしている。知らなかった、王子くんがこんなにかっこいいなんて。

 ……見なければよかった。
 こんなの見たら、これから王子くんとどうやって接したらいいのかわからない。

「……今度からどうやって会えばいいの」
「あはは、同じクラスも大変そう!」

 そのまま次に流れてきた曲は、さっきとは雰囲気が180度違う曲だった。ダンスナンバーというやつかもしれない。

 ステージは暗めの照明で、赤と黒の衣装はキラキラがあまりない。スーツみたいな地味な衣装。

 それでも、一度踊り始めたら衣装の地味さなんて関係なくなる。みんなの踊りが、ダイレクトに伝わってくる。

 王子くんの、あまりセットされていない無造作な髪の毛。長めの前髪から覗く瞳が、色っぽく光ってカメラを見つめる。

『チェックメイト』

 王子くんがつぶやいた瞬間。

「うわ……」
「あっははは!」

 激しいダンスだった。大人っぽくて、指先まで5人全員綺麗にそろったダンスは圧巻で。

 さっきの曲と、ほんとに同一人物なのか疑うくらい、艶のある歌とダンスだった。

「すごい……」
「いやぁ、ダンスうまくなったねみんな」

 すごくたくさん、努力したんだろうな。
 わたしには想像もつかないくらい、いろんなことを考えて、積み重ねて。

 王子くん、やっぱりすごい人だ。
 住む世界が全く違う。

「という、カッコイイ系もできるしザ・アイドルもできちゃうセレピをよろしく!」
「最悪……なんてもの見せてくれたの」

 今度からうまく話せる気がしない。


 こうして、わたしのゴールデンウィークは終わった。
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