これはきっと、恋じゃない。
5.遥けき灯の向こうへ②
暖かく優しい、けれど憂鬱な春は、もうすぐ終わろうとしていた。
ゴールデンウィークが明け、日中は少し汗ばむ陽気になってきた。制服も上着を着ていると暑くて、最近はシャツにベストと軽やかな装いに変えた。
遥灯はおもむろに公園のベンチに腰掛けると、隣にリュックを置いて、思い切り足を投げ出した。
公園はちょうどいい陽気のおかげで、小さな子どもたちが声を上げて、興奮気味に遊んでいる。そのなかに、兄弟と思われる子どもたちがいた。
お兄ちゃんは小さな弟に手を伸ばす。弟は嬉しそうに笑うと、その手を取った。その様子が、かつての自分に重なった。
『遥灯』と呼ぶ声はあたたかく、その声に呼ばれるとどんな不安も吹き飛んだ。開演前の吐きそうになるくらいの緊張も、その声に呼ばれて抱きしめられると、どこかに飛んでいってしまった。
「あははは!」
幼い兄弟たちは、楽しいことしか知らないように、大きな声で笑った。そしてそのまま、手を繋いだままどこかに行ってしまう。
……離したくなかった。
この手は、この手だけは離したくなかった。
目を閉じれば、どこからともなく電子音が聞こえてくる。消毒液のような独特の匂いが辺りを陰鬱に覆うなか、それでもその部屋だけは輝いていた。
旭羽(あきは)。
どれだけ暗い闇でも、朝日のように力強く照らすような力が彼にはあった。だからそんな場所でも、スポットライトを浴びるように旭羽は輝いていたのだ。
瞼の裏に、旭羽の笑顔が焼きついたまま離れない。
その笑顔から逃げるように、ゆっくりと目を開けた。青々とした芝生と強い日差しに目がくらんで、思わず目を細める。
……もうすこし。
あと少しで、嫌いな季節が終わる。
やっと、終わるんだ。
そのとき、腕時計が視界に入った。ふいに見た長針は、学校に行く時間をとうに過ぎていた。
今日は仕事があったわけじゃないし、レッスンは夜にある。日中はなにもなかったけれど、学校に行く気にはなれなかった。完全なサボりだ。
『遥灯』
頭の中で、もういない旭羽の声がする。
その声が、呪いのようにこびりついて離れない。