これはきっと、恋じゃない。


 その日の放課後、早速わたしたちは脚本について話を始めた。

「ねぇ、なんで?」

 自販機で買ってきた紙パックの抹茶ラテに、ストローを刺しながら、亜子ちゃんに尋ねる。亜子ちゃんはりんごジュースを飲む。

「何が?」
「だから、脚本」
「……ああ」

 机にりんごジュースを置いた亜子ちゃんは、ルーズリーフを1枚取り出した。それから、筆箱からボールペンを取るとカチカチとノックをする。

「私ね、将来はイラストを仕事にしたいんだよね」

 ――頭をガツンと殴られたような気がした。

「……うん、知ってる」

 知ってた。
 亜子ちゃんはすごく絵がうまい。中学から美術部の展示を見てきたけれど、1人だけ抜きん出ている。

 だからなんとなく、将来はそういうのを仕事にするんだろうなと思っていた。

 でもそれはわたしが勝手に思っていただけで、亜子ちゃんから直接聞いたわけではない。
 この瞬間、はじめてそれを直接聞いた。

「私が考える世界を、みんなに伝えたいなって。それはイラストにも役に立つと思うのよね」

 ……ああ、やっぱり、わたしとは全然違う。

 亜子ちゃんも、王子くんと同じなんだ。
 同じように、目標を持ってがんばっている。

 わたしだけ、それがない。
 置いていかれている。近い距離にいる友達だと思っていても、本当は結構離れているのかもしれない。なぜか思う。

「考えてるのはあるの?」
「少しだけね」

 そう言うと、亜子ちゃんはルーズリーフに向かってペンを走らせ始めた。真っ白のルーズリーフはやがて、亜子ちゃんの描く世界に染まっていく。

 わたしはそのペン先を、ぼんやりと見つめていた。

「千世さ、その後の推し活はどうなの?」
「へ?」

 思わず間抜けな声が出る。

「王子くん。見てないの?」
「その話ね……」

 息を吐く。抹茶ラテを飲みながら、窓の外を眺める。山の稜線が、かすかに霞んでいた。

< 73 / 127 >

この作品をシェア

pagetop