これはきっと、恋じゃない。
「テレビとか見なくても隣の席だしね、いつでも見れるの」
「MVとかバラエティとかは?」
「見てない」
たしかに推しではある。……と、思う。
でも不思議と、出ている作品とかテレビを見ようとは思えない。
「なんで?」
「なんでって……」
……それが、自分でもよくわかっていない。
ただ、王子くんがキラキラのアイドルであることを見たら、胸がぎゅっとする。
「……わかんない」
「王子くん子役やってたから、ドラマの出演作結構あるから見たら? 成長がわかるよ」
「成長って」
「候補生のオタクなんて、成長が楽しくてやってるようなもんだし」
そう言いながら、亜子ちゃんはルーズリーフに向き直った。白い紙が染まっていく。
……わたしが見たいのは、テレビの向こうで輝く王子くんじゃないのかもしれない。
ふと、そう思った。
たしかに推しだ。セレピの中では、自然と王子くんに目が向くし、素敵だなとは思う。
でも、それじゃない。
現実の、同じクラスで隣の席の王子くんがいい。
キラキラしてなくて、ただ普通で、等身大の男の子。
「よし、できた」
亜子ちゃんのその声に我に返る。
「どう?」
見せてくれたルーズリーフは、白黒だけど綺麗な世界が広がっていた。女の子と男の子、2人が背中を合わせて教師らしき場所に座っている。
ふわふわの吹き出しがあるから、女の子の方は夢を見ているのかもしれない。
「すごい……」
口からそうは出るけれど、本当はどこか心の底からそうは思えない自分がいた。
やっぱり亜子ちゃんは、進んでる。自分が目指すべき世界を見つけている。
でもわたしはちがう。
なにもない。からっぽ人間。
いいなぁ。なんで亜子ちゃんは、もう目標があるんだろう。
「ストーリーは?」
「男の子と女の子がいて、2人は放課後の音楽室で出会うの。男の子には不思議な力があって、ピアノを弾いているときは綺麗な夢を見させられる。そうして、女の子と仲良くなっていく感じ」
「わ、いいね」
「でしょ! よし、じゃあ今日中に書いてみる。後で送るから、読んでね」
「わかった」
なんとかして笑顔を貼り付ける。
本当はこんなことしたくない。もっと心の底から一緒に脚本を考えたかった。
でも、できない。
わたしの胸の中は、なんとなくもやもやしたままだった。