これはきっと、恋じゃない。


 少しして、通知音が鳴った。

『うわ、知らない!』

「知らないんだ……」

 じゃ、じゃあ教えてもいい、よね?
 だってそれは親切なだけで、迷惑にはならない。
 下心だって、ない。

『今日は数学しか言われてないから、数学だけ教えるね』
『いいの!?ありがとう!』

 問題集のページと番号を、メモ帳にメモってスクショを撮る。

『とりあえずこれだけは出るらしい』

 打ち込んで、ちょっと愛想ないかな、と文面を変える。絵文字とか、つけた方がいいかな。
 でも、履歴を少し遡ってみたけれど、王子くんはあまり絵文字を使うようなタイプじゃないのか、ほとんどビックリマークだ。

『今言われてるのはこれだけ!』

 直して、送信する。

『テストどうしようって思ってたから、本当に助かった!』
『ありがとう!』
 そして、ウサギがお辞儀をしているスタンプが送られて来る。

 ありがとう、か。
 その言葉が、じんわりと染み渡っていく。
 わたし、王子くんの役に立てたのかな。

 そう思って、わたしもスタンプを送り返す。

「あ」

 そうだ、プリント。
 世界史とかはプリントの穴埋め形式だから、そこがわからなかったらテストも悲惨じゃない……?

『世界史とかのプリントも、学校に来たら見せるね』
『ほんとに!? ありがとう!』

 気にしなくていいのに。隣の席だから、当たり前だ。

 ん? ……隣の席、だから?

 いや、なんかそれも少し違う気がする。
 わたしはスマホを机に置いて、少し考える。

 やっぱり、お隣さんだとしてもその域を超えている。
 なんでわたしは、ここまでしてるんだろう。

 たとえば、隣が田中くんだとしたら?
 ……たぶん、してないと思う。

 親切心?
 ちがう。だとしたら田中くんにもする。だから、それだけじゃない。

 ――王子くんだから。

「……王子くんだから、やるんだ」

 推し、だから。
 推しの役には、立ちたいから。

 ……いまのわたしは、王子くんだからやりたいと思える理由を、”推し”だからという言葉以外に知らない。
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