これはきっと、恋じゃない。
……なんだろ。
手を止めて、机に置いたスマホを手に取る。
通知センターに表示されている名前は、『王子遥灯』。
――王子くん!?
ガバッとスマホを胸に押し当てる。
うそ、なんで!
「……千世、いま隠した?」
「――や、あの」
亜子ちゃんは、懐疑的な声音と表情をする。言うか言わまいか視線を彷徨わせていると、亜子ちゃんは長いため息をついた。
……え?
ずきんと胸が痛む。
「それ、どうせ王子くんでしょ」
「えっ!?」
なんで!?
「ほんと顔に出るよね、千世って」
……やっぱり顔に出てるんだ。
スマホを叩きつけるように机に置いて、顔を触る。どうやったら顔に出ないようにできるんだろう!
「そういうとこ、かわいい」
ふふ、と亜子ちゃんは笑う。
「……黙っててごめん」
「いいよ別に。ペアワークしたから連絡先知ってるのくらい予想つくし、私は王子遥灯にてんで興味ないし」
それよりさ、と亜子ちゃんはにこにこ笑って身を乗り出す。
「好きなの?」
――はい?
「王子のこと、好きなの?」
好き?
わたしが、王子くんを?
……亜子ちゃんてば、なにを言ってるのだろう。
「好きだよ、推しだもん」
「――ちがうちがう!」
亜子ちゃんは、がくっ、とわざとらしく肩を落とす。
違うって、なにが?
「ノートを突然丁寧にやってみたり、授業中に王子くんのほう見てみたり。推しとかライクとか、そういんじゃなくてラブの方。恋愛の方の、好きなんでしょってこと!」
……え?
「や、やだな、なに言ってるの亜子ちゃん」
わたしが王子くんのことを、好き?
それも、推しとしてじゃなくてラブってこと?
それって、リア恋ってやつ?
「ちがうよ。だって向こうはアイドルなわけだし。いくら同じクラスだとしても、そういうのはさすがにダメでしょ。わたしの好きは、それじゃないって」
仮に、そうだとして。
たとえそうだとしても、好きになったらいけないんだ。
王子くんのためにも、数多くいる王子くんのファンのためにも。
「……はぁ」
亜子ちゃんはまたため息をついた。そしてわたしから目を逸らすと、グラウンドの方を見た。
「王子くんが転校してきて1週間? くらいからね、学年問わず……まぁ特に1、2年だけど、みんな告白してるんだよ」
「うん、聞いたことある」
たしか田中くんが遭遇してしまって、とてつもなく気まずくなったやつだ。
「だからさ、そういうのは気にしなくていいんだよ」
……ああ、そういうことか。
わたしも亜子ちゃんと同じように、グラウンドを見つめる。体操服姿や、部ごとのジャージを着ている人がまばらにいた。夏の大会があるのか、と思う。
「……そうじゃないよ」
「じゃあなに?」
「――王子くんのこと、そういう意味の好きじゃない」
恋愛感情とはちがう。……ちがう。
でもどこかで、薄々気がついている自分もいた。
これは恋愛感情じゃない、これはきっと恋ではない。それらはすべて、わたしがわたしに言い聞かせている言葉だということに。