これはきっと、恋じゃない。
7.雨音の律動
6月に入った途端、いかにも梅雨な天気になった。どんよりと重たい雲は太陽と青空を隠してぶら下がり、どことなく街並みは黒く見える。
雨の音楽祭が、なぜ雨の音楽祭と言われるのか。それは、単に開催時期が今のように梅雨だからだ。
雨の音楽祭まで2週間あまり。
大道具や小道具は整頓された教室をごちゃごちゃにし、役がある子たちは、授業中もひっそりと台詞を覚える時間に充てている。
隣の席の王子くんはと言うと、テストが終わったらまた来なくなってしまった。
好きだと自覚したものの、来ないのだからどうしようもない。わたしはただ、なにも変わらないまま日々を過ごしていた。
そんな、ある日のこと。
「それじゃあ今から、進路調査書配るからな。保護者の方ときちんと相談して、印鑑捺して提出するように。締め切りは再来週だからな」
……進路。
それは何気にいま、一番頭を悩ませているものでもある。
「……はぁ」
誰にもバレないように、こっそりため息を吐く。
進路に悩むのなんて、たぶんよくあることだろう。でも進路なんてどうにかなる、とは思えない。それは、わたしの周りには目指すべき路がはっきりとして、すでに努力している人が多すぎるからだ。
隣の空白の席を見つめる。
アイドルと同じクラス。
それは、側から見れば心底羨ましいことだろう。特に好きなアイドルならなおさらだ。どれだけの人が空想し、同じ学校で生活する日々を夢見るだろうか。
でも、実際のところはそれだけでは済まない。
近づけば近づくほど、いやになる。
あの子はあんなにがんばってるのに、わたしはさっぱりだ。なにもしていなくて、ただ高校生というモラトリアムを無駄にしているだけのように思えてしまう。
そして、そういう人が王子くんだけならよかった。仕方がない、住む世界がちがうのだと割り切れるから。
でもわたしには、亜子ちゃんがいる。
将来の目標を見据えて、劇の脚本まで作っちゃうような人だ。一緒にという体だったけれど、わたしはほとんどなにもしていない。
ほんとうに、わたしだけ何も決まってない。
やってみたいことも、これから先、なにかについてひたすらにがんばっている自分のことも、なにも見えない。